日本の真珠産業の盛衰/山田篤美「真珠の世界史」

中公新書の「○○の世界史」シリーズは面白い本が多く、
これまで読んだ中では「コーヒーの世界史」が特にオススメ。

今回読んだ山田篤美「真珠の世界史」は、
20世紀に世界を席巻した日本の養殖真珠の話が興味深かった。

ミキモトが世界初の真珠養殖に成功

真珠は3世紀より日本の特産品だったが(魏志倭人伝にも記述あり)、
世界の注目を集めるのは、御木本幸吉が養殖真珠事業に成功してから。
1888年に三重県の英虜湾で事業をはじめた御木本の追い風となったのが、
同時期に世界の天然真珠の価格が高騰していたこと。

【19世紀後半から20世紀はじめの天然真珠バブルの原因】

  • ダイヤモンドが南アフリカからの大量産出で供給過剰に
  • アメリカの大富豪が真珠に熱狂
  • 真珠王ローゼンダールによる買い占めと価格操作

1913年にロンドンへ進出した御木本は、
ヨーロッパの天然真珠業者から圧力をかけられるが、
専門家にも天然物と区別がつかない養殖真珠の評判となり大成功。

ファッション界の後押し

さらに養殖真珠が広まる後押しとなったのが、
あのココ・シャネルがファッション界に登場したこと。

1926年にシャネルが発表した「リトル・ブラック・ドレス」。
黒のドレスに真珠のネックレスをつけるのが定番スタイルとして提案。
真珠が富豪が富をみせびらかための宝石ではなく、
服に合わせるアクセサリーとして広まるきっかけでもあった。

そして世界的に真珠のネックレスが人気となる中で、
同一規格で大量生産が可能な養殖真珠が不可欠な存在となっていく。

戦後も日本の養殖真珠産業は衰えず、外貨を稼ぐ救世主となっていた。
アンチ養殖真珠派だったティファニー、カルティエが養殖真珠を取り扱い、
シェネルスーツやディオールのドレスの装飾品としての人気に後押しされた。

【真珠の輸出額推移】

  • 1955年 36億円
  • 1960年 110億円
  • 1966年 233億円
  • 1971年 124億円

バブル崩壊

しかし1960年代半ばに「ミニスカート」が流行したあたりから輸出額は急減。
ミキモトほか真珠業者は国内販売に力を入れ、経済成長の波に乗るが…。
バブルの崩壊、海外の養殖真珠の台頭により、日本の真珠産業は終わりを迎える。

さらに追い打ちをかけたのが、養殖真珠の生産過剰による海の汚染。
英虜湾では赤潮による貝の大量死や真珠の品質低下につながり、壊滅的な状況。
約100年分のヘドロが海底に沈んでおり、海の再生は容易ではないようだ。。。

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