お葬式のフリーレンはダサい/アンナ・アスラニアン「生と死を分ける翻訳」

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あらゆる国の言語を日本語に翻訳できてしまうから、日本人は外国語が苦手という話を聞いたことがある。真偽のほど分からない。
でも本来、イコールでない2つの言語を繋げようとしても、様々な困難を伴い、時には誤訳が命に関わることもある。そんなことを認識させてくれる一冊。
原題は、
“Dancing on Ropes: Translators and the Balance of History”
だが日本語版で「生と死」としたのは、序章で紹介されるポツダム宣言にまつわる翻訳の行き違いだろう。
1945年7月26日に連合国は日本に降伏を促すポツダム宣言を発表。当時の鈴木貫太郎首相は記者会見で「ただ黙殺するのみ」と述べた。鈴木は後年、英語では“no comment”の意味だったと語るが、“ignore”や“treat with silent comtempt”と英訳されてしまう。このすれ違いが日本に原爆が落とされる一因とされている。
通訳や翻訳はAIに任せることはまだ無理だろうなと感じたのは、会話や演説にジョークを交えることの多かった、シルヴィオ・ベルルスコーニ(1936-2013)の通訳の話。翻訳先の言語でも笑えるよう、うまく言葉を変換して通訳していた。
人間のコミュニケーションにユーモアや皮肉、お世辞がなくならない限り、すべてを機械任せで翻訳するのは不可能なのだろう。
この本に関連する身近な例として最近、見かけたニュース記事。
「葬送のフリーレン」を直訳すると“Frieren of the funeral”。「お葬式のフリーレン」になってしまって意味がわからない。
英語のタイトルは“Beyond Journey’s End(旅の終わりの先)”。勇者との冒険が終わった後のフリーレンの話。物語の内容を踏まえて新たなタイトルを付けた形になっている。
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