リーマン・ショック(2008)、東日本大震災(2011)を目の当たりにし、
あの頃は、複雑系やカオス理論に関する本を片っ端から読んでいた。
しばらく遠ざかっていたが、たまたま本屋で目に入った一冊。
表紙デザインのタイトルに「偶然」が入っていて、
ホログラムの蝶があしらわれていたこともあり、
「バタフライ・エフェクト!」と興味を持つきっかけになった。
2025年9月に出版され、2026年1月で第6刷だから人気なのかな。
本書は偶然にまつわる6つの疑問を追及している。
- 万事は何か理由があって起こるのか、それとも…ただたんに起こるのか?
- 些細な変化が途方もない影響を与えることがあるのはなぜか?
- 現実の童話版が正しくないとしたら、私たちがそれにしがみつくのはなぜか?
- もっと優れたデータとより精緻な確率モデルで、偶然の巡り合わせをあっさり手懐けられないのだろうか?
- 偶然の巡り合わせは何に由来するのか? そして、私たちがそれに不意を衝かれるのはなぜか?
- 私たちは、この世界のカオスを受け容れれば、もっと良い、今より幸せな人生を送ることができるか?
さまざまな歴史上の偶然についても言及されている中で、
- 第一次大戦勃発のフランツ・フェルディナント暗殺に至る偶然の連続 P124~
- チャールズ・ダーウィンの「種の起源」が世に出るまでの様々な偶然 P222~
のエピソードは詳しく知らなかったのでとても興味深かった。
また私たちは努力や分析によって偶然を支配できると勘違いしがち。
それは原因と結果が一直線に結びつけ、単純化して理解したがる、
私たちの脳が無意識のうちに見せる幻想が原因なのだ。
もしかすると近年は無意識ではなく、意識的に幻想を見ているのかも。
大量のデータを安価に素早く、分析できるようになった現在は、
世界はもちろん自分自身の理解をも回帰分析に頼っているふしがある。
そのせいで私たちに起きたこととして著者が紹介する興味深い論点。
どんな基準に照らしても、暮らしは以前よりもよくなっているのに、
私たちの多くは悪くなったと感じているのはなぜか?
「ドイツの社会学者ハルトムート・ローザによれば、これは私たち自身が作り出した絶望であり、テクノロジーのせいではなく、世界を制御可能にしようという強く空しい願望のせいだという。・・・だが、コントロールしたいという強い願望は見当違いだ、とローザは主張する。『私たちは制御不可能なものに出合って初めて、本当の意味で世界を経験する。そのときようやく、私たちは胸を打たれ、感動し、生きていることを実感する』からだ。人生の節目で迎える計画どおりの祝い事でも、計画していなかった突発的な出来事が最もよく記憶に残る。」P315~
長年投資と向き合っていると納得の一節だった。
証券市場が「次にどう動くか」を解明しようと躍起になっても、
結局は知性の限界に突き当たり、偶然に振り回される。
ただ、予測不能な市場で多くの人々の意志が交錯していることを、
好奇心を持って受け入れることができれば、現象を楽しむことができる。
結果としての投資リターンは「人生のオマケ」程度。
投資を通じて未知の世界に触れ、知的好奇心を満たし、
考えが変化し続ける自分自身を楽しむことに本質がある。
不確実な世界をしなやかに、そして知的に遊ぶべし!

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