著者の言う「人生を半分降りる」とは、「半分隠遁する」ということ。
私個人の希望としては、自信満々でイケイケの体育会系にこそ勧めたいけど、
「半隠遁」より「反隠遁」な方には、残念ながら受け入れがたい内容だろう。
一方で、そんな熱い人たちに圧力を受けて「今のままじゃダメ、変わらなきゃ」
なんて無理に頑張ろうとしている方には、何かヒントが得られるかもしれない。
でも、後者のような感性豊かな方が半隠遁しては、世の中がつまらない。矛盾だ…
ちなみに私は、すでに8割くらい隠遁かな。
身体がとてもポンコツで、ちょっと頑張ろうとすると壊れるようにできている。
「あんたにゃ無理よ」と止めてくれる。いい具合にあきらめがつくんだよね。
そんな私の、この本の中で一番納得の部分は、宴会について書かれた一節。
私は様子を見るために参加しましたが、始まるや否や「来なければよかった」と後悔した。少し遅れて行ったのですが、扉を開けるや否や「暴力的につくりあげられた陽気な雰囲気」に、まず戸惑いを覚えました。-P67
私の宴会嫌いは知人の間でも有名だし、こんなアンケートをとったこともある。
あのときうまく表現できなかった、場の雰囲気の違和感はまさにこれだよ!
全体の雰囲気に合わせようと陽気を偽ってるから、みんな話がつまらないんだ!
仲間外れにされるのを怖がり、雰囲気に無理に合わせよう、なんて努力はしない。
これも「人生を半分降りる」ことの1つだと著者は説いていた。
もうちょっとだけ宴会について。
宴会に出ると、美味しくないもの食べさせられて、数千円も取られちゃうでしょ。
そのお金で、おもしろいと思う人を誘って、ランチをごちそうしてみてはいかが?
そんな生き方のほうが楽しいと思うんだけど。私からの提案でした。
コメント
そうですね
私がブログをはじめて以来、もっともストレートで短いコメント。
この記事が何かのお役に立てれば幸いです。
10年前はこれでは通用しない、と白い目で見られたかもしれない。でも今の時代なら…。
まろさん、せめて半隠遁まで戻ってきてください。
えー、今さら戻れるかなぁ(笑)
でも、もしこんな私を必要としてくれる人がいて、それが楽しそう♪世の中のためになりそう♪って感じられる話なら、現役復帰したいです。。。