カール・ローズ「意識高い系資本主義が民主主義を滅ぼす」

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内容もさることながら、翻訳のタイトルが素晴らしい一冊。

カール・ローズ「意識高い系資本主義が民主主義を滅ぼす

原題の“WOKE CAPITALISM”の“woke”に、
「意識高い系」という日本語をあてたのは見事だと思う。

環境保護や人種・性差別の撤廃、LGBTQの権利、経済的平等…。
SDGsという用語で集約される社会正義に支持を表明しながら、
本音では自らの既得権益を守るための方便にすぎないことを、
海外では「ウォーク“woke”」と評するらしい

私たち日本人が「意識高い系」と揶揄するのとほぼ同義だ。

近年こうした意識の高い行動が、資本主義の恩恵を受けてきた、
グローバル企業やその経営者、富裕層の間で唱えられている。
なにかがおかしいと著者は指摘する。

「現在の経済制度が生み出した不公平は、その恩恵を最も受けている人々、つまり進歩的な政治問題に関して高い道徳観を実践する立場をとる、ビジネス界の指導者たちによって批判されているのだ。トマ・ピケティの説得力のある主張のように、富が少数の人々にますます集中すると、社会と政治の調和に有害な影響を及ぼす。ピケティは、累進課税と富の分配という防御的解決策を提案しているが、ウォーク資本主義は、政治的影響力と企業の道徳化によって不平等を維持しコントロールするという、別の解決策を提示している。」P91

意識高い系の発言を鵜呑みにはしてはならない。
民主主義社会の政治ではすべての人に選挙権が与えられている。
しかし経済界の権力・決定権は資本の所有者に握られており、
富の大小によって階層的に選挙権が与えられているような状況
だ。

同様のことがピーター・S・グッドマン「ダボスマン」でも、
「ステークホルダー資本主義」の闇について批判されていたが、
グローバル企業と富裕層による民主主義を乗っ取りに他ならない。

「かつては、気候変動や労働者搾取などの問題で、企業が政治アクティビストの標的になるものだと思われていたが、現代のウォークな企業は、自身がアクティビストになりつつある。とはいえ、企業アクティビズムが従来の政治運動と同じだとは考えないように気をつける必要がある。企業アクティビズムは政治的であると同時に商業的である。要するに、企業の価値観やアイデンティティの管理、ならびに評判の確立を目的とした、マーケティング戦略なのだ。企業アクティビズムは、世論に影響を与え、かつ企業に対する消費者の態度を改善するという、2つの目的を持つことが明らかにされている。」P259

個人的にはすべてがマーケティング戦略と斬り捨てる気にはならない。
善悪の境界を引くことは難しいし(歴史上ロクな事にならない)、
そのことがもたらす未来への影響を予測することはさらに難しい。

ただ身近な事例にあてはめると、構造上の罠もあるのかもしれない。
10年以上、サステナブル投資のNPOの運営を支援してきた。
そこに集まる金融関係の人たちは、人間的にも尊敬できるし、
間違いなく金融の力で社会課題を解決しようという意志がある。

しかし投資信託のような目に見える商品として世に送り出されると、
「ESG」という文言をマーケティングに利用しただけの、
旧態依然の金儲けの手段に堕ち、金融庁の規制が入ることになった。

個々人の段階で公共的な意志を持っていたとしても、
株式会社や証券市場、資本主義のフィルターを通過することで、
「ウォーク」や「意識高い系」に変質してしまうのかもしれない。

最後に、著者によれば「ウォーク」の本来の意味は、
ブラック・ライヴズ・マター運動から生まれたもので、
次の2つの要素を持つものだという。(P306)

  • 人種差別の事実と人種間の不平等を生み出す仕組みについての知識を持つこと
  • その知識を人種間の不平等の問題を根絶するために使うこと

「ウォーク」が本来持っていた民主的な意味合いと向き合うべき。
そしてウォーク資本主義の政治的影響を早急に是正せよ。
というのが著者からのメッセージだ。

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