謙虚の強さ/大川慎太郎「証言 羽生世代」

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羽生善治森内俊之郷田真隆佐藤康光を中心とした世代の棋士が、
はじめてタイトルを獲得したのが1989年。(19歳の羽生が竜王位)
以来2018年末に羽生が無冠になるまで、将棋界の中心はこの世代だった。

ひとつの時代が終わったのを機に、

  • なぜ強い棋士がこの世代に集中したのか?

  • なぜ長きにわたりトップクラスの実力を維持できたのか?

当の羽生世代をはじめ先輩・後輩16人の棋士との問答をまとめた一冊。

なぜこの世代に強い棋士が集中したのかについては、
当の本人たちは、子どもの数が多く、趣味が今ほど多くなかったから、
そしてマラソンと同じで集団で走る方が良い記録が出るから、と語る。

特別な秘密はなく、頭数が多ければ天才も出やすいといった確率の問題か?。

ではなぜこの世代が息長く活躍できたのか?については、
先輩・後輩の世代から興味深い指摘がされている。

「若い頃にタイトル戦で長考した経験も大きかったでしょう。特に羽生‐佐藤戦と羽生‐郷田戦で多かったのですが、序盤の何気ない局面でも1時間、2時間と熟考していましたよね。定跡が確立されている順でも立ち止まって、「こういう手はないか、ああいう手はないか」と熟慮に沈んでいたわけです。その時は盤上に現れなかったとしても、じっくり考えたことが大きな財産になっている。彼らがこれだけ息長く活躍しているのは、その頃の蓄積が大きかったと思うのです。」(谷川浩司

つまり若い頃から熟慮に熟慮を重ねる習慣があったから、
年齢を重ねても衰えるスピードが遅かったのではと。

裏返せばソフトで簡単に評価が下される現代は、
棋士の衰えも速くなるのでは?と渡辺明は予想する。

──渡辺さんは45歳までタイトル戦に出続ける自信はありますか?

「ちょっと厳しいような気がしますね。やっぱりアナログ世代のほうが長く活躍できると思うんです。だって漢字って自分の手で書かないと、実際に書けなくなるでしょう。 」

──ソフトに頼ることによって、将棋の地頭が弱くなってしまうということですか?

「そうだと思います。だからこれからの棋士は、僕も含めてピークの訪れが早い気がしますね。頂点に達してから下がり始めるところが、45歳よりは手前に来てしまうのではないかな。これからの棋士は、少なくとも45歳まで横ばいではもたないというのが僕の持論です。」

十数年前に「学習の高速道路論」という考え方に出会ってから、
将棋界で起きていることは、一般社会で起きることを先取りしているのでは?
という気付きから、様々な書籍を読みふけるようになった。

これからの棋士のピーク寿命が短くなっていったとしたら、
人間の脳の老化のスピードも速くなる前触れなのかもしれない。

また羽生世代の強さについて印象的だった指摘は、

「弟子たちには、『人の悪口を言わないように』と繰り返し言っています。羽生さんを始めとして、佐藤さんや森内さんが人のことを悪く言ったり、見下すようなことを言ったりすることはありません。これは将棋が強くなるためにも、絶対にいい方法だと思っています。やっぱりネガティブな感情を持っていると、いい将棋を指せないんです。これは羽生さんたちと一緒にいて気づいたことの一つですね。負の感情を抱え込まないのは本当に大事なことだと思います。」(飯塚祐紀

これについては著者もあとがきでこうまとめている。

「私が最も強く感じたのは、彼らの謙虚な姿勢だ。羽生世代について語る時、彼らは深く頭を垂れていた。羽生たちにとってそれは普段の態度でもある。相手の立場に関係なく、誰とでも同じ目線で話をする。決して尊大な振る舞いをすることはない。ネガティブな要素を一ミリも発しない彼らは、全世界と人間を肯定する力に満ち溢れている。」(著者のあとがき)

同世代の活躍を尊敬のまなざしで見つめるのではなく、
嫉妬に狂う残念な人に出会うことは多い。
それがいかに愚かなことか、そして謙虚さが人の能力を伸ばすのだ、
ということをあらためて感じさせられるのだった。

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