百人一首は記憶力ではなく教養を試されるもの

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百人一首の本を見つけるとなんとなく買ってしまう。
いったい何冊あるのか数えてみると、こんなにあった。

10代、20代の頃は記憶力や瞬発力を誇るためのものだったが、
30代以降は教養を試されるものに変わってきたように思う。

それに気が付いてから、様々な百人一首鑑賞に触れたくなった。

小学生の頃、一番最初に覚えた阿倍仲麻呂の一首を振り返り、

天の原 ふりさけみれば 春日なる 
三笠の山に いでし月かも

千年以上も昔の歌を今の言葉のまま理解できる日本語の奇跡に気付く。
そんな言語の面からのおもしろさを再認識させられた。

歴史的にも興味深く、刻み込まれた貞観地震(869)の記憶。

契りきな かたみに袖を しぼりつつ 
末の松山 波越えるとは

9世紀の地震でも東北を襲った津波は、
多賀城市の「末の松山」を越えることはなかった。
「末の松山を波が越える=ありえない」と比喩表現を用いて、
津波の記憶を恋心に結びつけて詠まれた一首。
失われてはならない古典に残された災害の記憶だ。

また和歌を通じて富士山の噴火活動が読み取ることができたりもする。

田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 
富士の高嶺に 雪は降りつつ

富士が穏やかな時代には景観美としての和歌が好まれ、
火山活動が活発な時には燃える恋と富士が結びつけられる。

もちろん歴史だけではなく、様々な想いが込められた和歌には、
いかに生きるべきかのヒントが散りばめられている。

わずかな可能性にかけた祈るような想いを詠うときに現れる「逢」。
百人一首の和歌が「会う」と「逢う」の違いを教えてくれる。

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 
今ひとたびの 逢ふこともがな

そしてめぐり逢うために大切なのは「待つ」こと。

来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 
焼くやもしほの 身もこがれつつ

待つことは相手を信じることであり、いつまでも待ち続ける。
それぐらいの心がなければ、偶然の幸運にめぐり逢うことは難しい。
生きることは新たな可能性を待つことなのだから。

藤原定家がどんな意図を持って百首を選んだのか分からないが、
触れるたびに違う顔を見せてくれる百人一首。
カルタ取りのままの人生はあまりにもったいない。

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