2025年4月のトランプ関税は経済秩序の改変を狙ったもの?
1971年8月のニクソン・ショック以来の経済史における大事件?
そんな仮説をもとに1970年代を振り返ることのできる本を探し、
西野智彦「ドキュメント 通貨失政」(2022年出版)を読んだ。
以下のような時代を描いた一冊だ。
- 1971年8月 ニクソン・ショック 1ドル=360円
- 1971年12月 スミソニアン合意 1ドル=308円
- 1973年2月 円フロートへの移行 1ドル=260円
- 1973年10月~第四次中東戦争、第一次オイルショック
- 1974年 狂乱物価(インフレ率23~25%)、戦後初のマイナス成長
著者は円高への過剰な恐怖から大蔵省と日銀が政策判断を誤り、
国内に過剰流動性が発生したところに、オイルショックが重なり、
空前のインフレを引き起こしたと指摘している。
事の発端は固定相場制による日米欧の貿易不均衡問題。
第二次大戦後の国際通貨体制はブレトン・ウッズ協定によって確立。
この中心が、米ドルと金との固定レート(1オンス=35ドル)であり、
他の主要国通貨はドルに対して固定相場を採用していた。
しかしアメリカはベトナム戦争の長期化による財政赤字の拡大し、
と同時に日本やヨーロッパの経済成長に伴い貿易赤字も拡大。
こうしてドルの信認が揺らぐ中で、ニクソン大統領は1971年8月15日、
ドルと金との兌換停止を発表し、固定相場の維持が難しくなってゆく。
日本にとって「1ドル=360円」の固定相場は戦後復興の象徴。
政治家や官僚にとって、どうしても手放したくないものだったため、
円高を阻止しようと無謀な為替介入を行うもまるで効果なし。
大蔵省に従属していた当時の日本銀行(1998年に独立性が担保)も、
政治圧力によって、好景気でも利下げをしてしまったり、
インフレを止めるための金融引き締めの時期が遅れたり…。
今も続く「円高恐怖症と過剰緩和のスパイラル」の原点が、
1971年のニクソン・ショックだったと著者は指摘している。
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