黄金に輝くだしの歴史・文化・科学/伏木亮「だしの神秘」

以前読んだ同じ著者の食の科学に関する本が面白かった。

今回は「だし」に絞って、より一般向けの内容になっている。
書き留めておきたい内容をメモしておこう。

だしとうま味の人間の生存戦略

まずは科学的にだしが果たしている役割について。
人間の生存戦略の面から以下のような説明がされており、

  • タンパク質は筋肉や臓器だけでなく様々な酵素や血液を作る
  • だが動物に必須の栄養素のタンパク質には味がない
  • 遊離アミノ酸(うま味)によってタンパク質を美味しく摂取できる
  • 昆布は遊離アミノ酸が豊富だが、タンパク質は少ない

著者はこんなまとめかたをしている。

脳は生きるために人間にタンパク質を食べさせようとし、それを勧めるのにうま味を用意し、うま味の快楽で報いる。」P19

ちなみにマウスの実験では油脂、砂糖、だしにやみつきになることが確認されており、

やみつき行動を起こすことが実験で確かめられている食品成分は、油脂と砂糖とだしです。マウスが油脂にやみつきになるには匂いも味も不必要でした。砂糖では甘味が必要でした。だしには、うま味と匂いとエネルギーが必要でした。・・・やみつきになるようなだしの美味しさには、鰹と昆布のうま味に加えて、鰹節を中心とした香りや、同時に食べるご飯などのエネルギーの共存が必要であることが示唆されたのです。」P106

古来より日本の食卓は油脂と砂糖と縁がない時代が長かったため、
だしのうま味に辿り着いたのだろうということが推測できる。

北前船の航路が決めた京料理の昆布だし

この地図を見ると分かるように(国土技術研究センターWebサイト)、
日本列島はユーラシア大陸の落し蓋のような位置関係。
北海道から昆布を運ぶなら、太平洋より海が静かな日本海が安全。

江戸時代には北海道の昆布は北前船に乗って、
北陸の敦賀港で下ろされ、陸路で京都や大坂に運ばれた。

だが北前船が敦賀に到着するのは11月後半で陸路は雪で不通に。
春まで敦賀で保管されることになり、これが「昆布の蔵囲い」のはじまり。

待っている間に昆布の熟成が始まり、臭みが消え、風味の角が取れたのです。この偶然の発見が、その後の積極的な蔵囲いにつながったのです。・・・陸上交通が整備されてからは蔵囲いは減り、現在も残っているのが京都の高級料亭に卸される津軽の蔵囲い昆布です。江戸時代から続く昆布の卸『奥井海生道』の蔵には筵で小さく仕切った囲いがあり、それぞれ京都の各料亭の名札が付いています。」P133

関西は昆布だし、関東は鰹だし、という背景にはこんな歴史があったのだ。
なお奥井海生道のWebサイトはコラムが充実していておもしろい。

鰹節のオープンイノベーション

鰹節と言えば先月「カンブリア宮殿」でにんべんの特集を見ていたとき、

かつお節業界をリードしてきた「にんべん」には、業界の発展のために貢献した、特別な発見がある。それが「枯れ節」に適したカビ菌(カツオブシカビ)の発見だ。当時の「枯れ節」は、建物に住み着く自然のカビが自然に付くのを待つという製造方法で、香りや味などの品質がバラバラ・・・業界としても大きな課題になっていた。そこで「にんべん」は5年の歳月をかけて「枯れ節」作りに適した最良のカビ菌を特定。しかも、その菌をライバル会社に無償で公開したのだ。以降、かつお節業界で「枯れ節」の不良品の数は激減し、品質の底上げが実現したという。

という話を聞いてすごいなぁと感心したが、
歴史を紐解くと全国に製造が広まるきっかけも似ていた。

薪を使用した焙乾法が全国に広まるのは18世紀中頃、江戸時代後半以降といわれます。カツオ漁の盛んな土佐の独占的な技術でした。この当時、土佐藩鰹節の製法は門外不出でしたが、漁民・土佐与市が土佐藩の禁を破って土佐節の製法を藩外に教えたと伝えられています。」P138

鰹節は知財を独占せずに研究を積み重ねることで、今があると言えるのかも。

家でもだしをひこう!

最後に末尾での著者からのメッセージ。

また日本食が世界に知られることは心地いいものですが、それは文化継承の目的ではありません。まず第一に、日本の文化は日本人のものです。日本人がそれを誇りに思わなければ、世界に広まっても意味はありません。日本食の素晴らしいところを、日本人が理解して、それに自信と誇りを持ち、これからも生活の中で当たり前に守っていくこと。これに尽きるのではないでしょうか。」P233

この本には科学的に最高に美味しくなるだしの取り方も紹介されている。
ぜひ家でもだしをひいて、料理をして、味わってみて欲しい。
もしあなたが投資家であれば、味の素に投資したくなくなるだろう(笑)