江戸から見る自意識の変遷「日本人は日本をどうみてきたか」

「日本」を意識するのはどんな時?
私は和食の「だし」を味わったときかな。
だしの味わいを通じて洋食や中華との比較から、
心の中で日本が立ち上がってくるのだろう。

海外との比較から自国を意識する。
江戸時代の人々も同じような思考回路だったようだ。

日本人は日本をどうみてきたか江戸時代の研究者が様々な視点で論じたコラム集、
田中優子 編「日本人は日本をどうみてきたか」。
これは読みやすくておもしろい。

寛文近江若狭地震(1662)、安政地震(1855)といった
日本を自然災害が襲った際の文献では、

  • 神々が異国人と戦っているために地震が起きた
  • 昔は神風で蒙古軍を破り、今は地震や津波が日本を救う

自然現象は外国からの侵略から日本を守るという解釈。
ペリー来航を元寇と同じ目線で捉えていたことが分かる。
外敵の存在によって自国を意識するという考え方をしていた。

また江戸時代に刊行された地図百科事典では、
日本列島周辺に怪物の住む架空の国を想定することで、
「怪物の国ではない日本」を意識していたという。

※石川流宣「日本海山潮陸図」
石川流宣「日本海山潮陸図」

近松門左衛門の描いた「国姓爺合戦」(1715)。
この浄瑠璃には、

  • 日本が神道の国…儒教の中国、仏教の天竺、神道の日本という三国世界観。その外にある韃靼国を見下す。
  • 日本は神が加護する神国…国姓爺が神風によって唐土へ。猛虎を伊勢神宮のお札で制す。
  • 日本は他国を守る武国…日本が神国であり、武に優れた武国であることから明が復朝し、世に安泰をもたらすという結末。

といった日本に対する国家意識が込められている。

漢民族国家「明」の滅亡後の中華(世界の中心)は日本にあり!
と山鹿素行(1622~85年)が唱えたような
異民族に対する優越感が江戸時代にはあったのだろうか。

そしてそんな日本の中華意識を支えたのが琉球
当時の文献には日本を崇める国として琉球が描かれ、

唐へは遠く、日本へは近きゆえ、日本の助けにあらざれば、常住の日用をも弁ずる事あたはず。去によりて国人「大和」と称して、はなはだ日本を尊とむとなん。」(森島中良「琉球話」)

この国、今は過半、日本の風儀にならひ、和歌を詠じ、能、囃子を興行し、長雄、瀧本などの和様の書を学び、よろずもっぱら日本を貴ぶなり。」(春光園花丸作・岡田玉山画「画本異国一覧」の「琉球国」)

※画本異国一覧「琉球国」
画本異国一覧「琉球国」

琉球は日本を崇めてくれる唯一の異国。
それが江戸幕府はもちろん日本人の自尊心の支えだった。
今の本土と沖縄の関係にもつながりそうな話だ。

日本人による日本論は、近年まともなものが存在しない。
日清戦争(1894)、日露戦争(1904)と日本が帝国主義に走り、
本来の日本が失われてゆく切迫感の中で書かれた、

この3冊が最後と言えるかもしれない。

グローバル化のなかで日本は何を目指すべきなのか?
本土と沖縄の関係はどうあるべきなのか?

このあたりを考える上で、
日本の歴史文化を丁寧に読み直す必要があるのだろう。