アンドロイド研究を通じて人間を理解しようと探求する石黒浩氏。
自分そっくりのアンドロイドを作って感じたことが記された著書、
「ロボットとは何か?」(2009年出版)がおもしろい。
人間は自分でさえも表面的にしか認識していない
著者は自分のアンドロイドを作るにあたり、MRI画像を撮影したが、
撮影した画像を見せられても自分の体に思えない。
つまり体の中身は何に入れ替わっても気が付かない可能性がある。
私たちの人間は約60兆の細胞でできていて、うち数千億は1日で入れ替わる。
細胞レベルでは半年で別人になってしまっても、気にならないことに似ている。
人は自分に対する行為を観察することで、自分を認識する
自分にそっくりのアンドロイド「ジェミノイド」を目の当たりにし、
アンドロイドを見慣れた著者は、期待していたような驚きはなかった。
しかし研究員がジェミノイドの頭部を開いて、電子回路の調整をはじめると、
急に自分の体が痛めつけれているような感じがするのだという。
またジェミノイドを操作している時に、ジェミノイドの頬を突かれると、
自分が突かれているような感覚を覚えたことから、
体と感覚は密につながっていないのでは?
心と体はどれほどつながっていれば、同じ人間のものとなるか?
という疑問が生じたのだという。
社会がなければ、人間は自分のことを知ることができない
学生の手によりジェミノイドの動作プログラムが完成したが、
その動作は著者から見ると、自分とは思えない。
しかし周囲の人たちは皆声をそろえて「そっくりだ」と言う。
人は他人ほど自分のことを知らないものだ、と認識するとともに、
他人の反応を見ながら自分を知ることの連鎖により、
社会が形成されているのではないかと著者は説く。
またここからもう一歩踏み込んで、
人間は絶対的なアイデンティティを持たないのではないか?
とも言及している。
人にとって「恋」や「愛」が特別なことと話が近いだろうか。
私たちは他者の瞳の奥にある自己像に意味を見出そうとし、
その中で最も重要なのが、愛する人が投げ返してくれる自己像だ。
そのあたりはこれまで名著を通じてたくさんメモを残してきた。
- 恋をすると世界が違って見えるわけ/ルーマン「情熱としての愛」
- 恋から読み解く、人と世界の関係性/九鬼周造「いきの構造」
- 愛とは偶然に対する信頼/アラン・バディウ「愛の世紀」
- 人生すべて恋のごとし。古今和歌集の編者が込めた想い。
心の機能をロボットで明らかにできる可能性がある
以上のようなことから、アンドロイド研究を通じて、
脳の知られていない機能を明らかにできる可能性もあると説く。
まずロボットやアンドロイドを作ってみて、そこから人間を知る、
という方法論は「構成論的アプローチ」と呼ぶらしい。
「今後の脳科学や認知科学は、この構成論的アプローチを取り込みながら、ロボット工学とより密接な関係を持っていくことになると私は考えている。」
昨日まとめた人工知能の話で言うと構成論的アプローチは、
「トップダウン型」アプローチということになるだろうか。
「あらゆることの基本問題となるのは『物事の起源』と『人間』しかない」
と著者は指摘しているが、
たしかに「物事の起源」を追う物理学以外のすべての学問が、
「人間とは何か?」を探求するものであり、
この本の副題のとおり、ロボットとは「人の心を映す鏡」なのだ。
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