羽生善治「決断力」に学ぶ、情報との向き合い方。

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羽生善治さんの「決断力」が出版された2005年当時は、
家庭向けのインターネットの人口普及率が70%を超えた頃。
(2001年は44%だったが、その後ADSLや光回線の普及で急上昇。)

それまで一般市民の情報収集源は、主要メディアに偏りがちだったが、
Google等を使って自ら世界を広げることができるようになってきた。
当初は「知の解放」と歓迎されていたが、取得可能な情報があまりに大量で、
情報の洪水とどう向き合うか?が論点になりはじめたのが2005年頃だった。

以上のような時期に書かれた、羽生さんによる情報の取捨選択の記述は、
これからはじまる情報と知性のせめぎあいを先取りするものだった。

「情報をいくら分類、整理しても、どこが問題かをしっかりとらえないと正しく分析できない。さらにいうなら、山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」のほうが重要なのである。」

情報をいかに捨てるか?という論点については、
その後、閲覧履歴の解析等による情報表示の最適化で解決が図られた。
しかし今度は自分好みの無限ループに陥り、視野が狭くなるのでは?
という疑問が2010年頃から論点となり、この問題は今も未解決だ。

「今は、周りに流されやすい時代だ。情報の量が増えすぎ、それへの依存度がどうしても高くなってしまう。高くなると、イメージを思い浮かべたり、ものを創るといった力が弱まってしまいがちだ。そんな中で自分なりのスタイルや信念を持つことが、非常に大事になってきているのではないだろうか。」

2008年にFacebookが日本へ上陸したあたりから、
情報による知性の浸食は激しさを増していったように思う。

SNSを通じて、多数の人の人生に触れることで、
他者との比較による「ないものねだり」に襲われやすくなったり、
かつて自分の選ばなかった道で、他者の成功を目にして後悔したり。
自分なりの信念がなければ、情報に振り回されてばかりになる。

「私は、今の時代は、いろいろなことが便利になり、近道が非常に増えた時代だと思っている、何かをやろうと思ったときに、さまざまな情報があり、安易な道、やざしい道が目の前に数多くある。楽に進める環境も充実している。昔は、遠い、一本の道しかなかった。そのため、選択の余地なくその道を歩んだけれど、今は近道が他にたくさんできている。わざわざ一番遠い道を選んで行くのは損だという思いにかられる。その横では近道で通り過ぎてゆく人がたくさんいるのだから。自分自身で、「何をやっているのだ」と思うこともあるだろう。逆に、昔よりも選択が難しい時代なのかもしれない。」

この記述については、梅田望夫さんが「ウェブ進化論」(2006)のなかで、
次の羽生さんの話を紹介しながら「学習の高速道路論」と名付けた。

「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走りぬけた先では大渋滞が起きています。」

将棋に限らずどんな分野にも漏れなく該当する話で、

  • 大渋滞に巻き込まれて烏合の衆とならないために何が必要か?
  • 学習の高速道路ができたことによって、失われるものは何か?

といった論点については、これ以降の十数年間にわたり、
関連する羽生さんの発言を下記の記事にまとめてきた。

20代後半の時期に当代屈指の知性に学ぶことができたのは、
投資にかぎらず人生全般において、本当に幸運だったと思う。

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