長期投資の前提にある進化論の曲解

この記事は約2分で読めます。

数年前のベストセラー、吉川浩満理不尽な進化が文庫化されていた。
以前は図書館で借りて読んだが、この機会に購入し、
マーカーで線を引いたり、付箋を付けたりしながら再読している。

チャールズ・ダーウィンの進化論から派生した、
ハーバード・スペンサーの社会進化論が出てきたあたりから、
自然淘汰や適者生存の概念が本質を離れてひとり歩きをはじめる。

  • 時間とともに社会が進歩・革新し、経済が拡大していく
  • 長期的には優れたもの、強いものが生き残る

「長期で株式を保有すれば必ず儲かる!」という信仰の前提となる考えは、
進化論の曲解から生まれているのでは? と気付かせてくれた一冊。

「自然淘汰は、弱肉強食でも優勝劣敗でもない。自然の世界で適者であるための条件は、生き延びて子孫を残すということだけだ。それを弱肉強食や優勝劣敗の掟で包み込むのは、自然淘汰の原理を人間の勝手な価値観(多くは時代の要請)とすりかえる誤りである。」

いわゆるビジネス書のほとんどが後付け解釈によって、
過去の勝者や敗者があらかじめ決まっていたかのように語る。
そしてそれを自然淘汰や適者生存の曲解と組み合わせて、
未来にも当てはまる法則なのだ、と語っていることが多くないだろうか?

本来の進化論とは下記のようなものであり、

  • 自然淘汰は弱肉強食でも優勝劣敗でもない
  • 強い者が生き残るのではなく、適応した者が生き残る
  • 適応した者とは結果として生き残り、子孫を残す者のことである
  • 適応の度合いは個体が残した(あるいは残すと予想される)子孫の数によってのみ定義される

他の分野でおかしな応用がされていないか注意したいものだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました