非多数派機関の憂鬱/森田長太郎「経済学はどのように世界を歪めたのか」

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森田長太郎「経済学はどのように世界を歪めたのかには、
経済ポピュリズムの圧力を受ける中央銀行の金融政策が描かれている。
そしてなぜ中央銀行の独立性が脅かされるのか、
問題の根幹を説いた部分がとても分かりやすかった。

仮想敵になりやすい非多数派機関

「20世紀後半以降の先進諸国においては、国家の機能が一段と複雑化していく中で、通常の官僚機構の外に、あえて政治家や議会から独立した権限を付与した組織を設立することで、より効率的な国家運営が行えるとする考え方が出てきた。たとえば、議会の審議に委ねてしまうと利害調整が複雑になり過ぎてしまう場合や、専門家でなければ適切な判断や評価が困難な事柄について議会が適切に決定できない場合などに、そういった組織の設立が考えられる。」

こういった組織を政治学の用語では、

非多数派機関(Non-majoritarian institutions)」

と呼び、中央銀行以外の具体例としては、
内閣の諮問機関やEUの欧州委員会があげられる。

そしてこういった組織は、民主主義の正規のプロセス外にあるため、
有権者の意思を反映しない、または意志に反した決定をすることで、
何かしら不利益を被っているのでは?と疑いをかけられる可能性がある。
ゆえにポピュリストにとって「仮想敵」の要件を備えた格好の存在となる。

最近のCOVID-19対応をめぐる専門機関への批判も似たような感じだろうか。
ワイドショーで不安を煽る専門家もポピュリストみたいなものだろう。
本物の専門家なら昼間からテレビに出演する暇などないはずだから。

金融政策の本質とは?

さて金融政策に話を戻して、その本質は一体何か?

著者の解説はシンプルで分かりやすい。

  • 金融政策とは市場のリスクプレミアムを強制的に変動させること
  • 金融政策の本質は、現在と将来との間の富の移転にある
  • 財政政策と本質的な意味合いは変わらず、金融緩和は将来への負担の先送り(=需要の先食い)

とすると中央銀行を非多数派機関とする本質的な意味合いは、
将来世代と現在世代の所得移転をなるべく中立化することではなかったか。

社会の高齢化とともに政治は旧世代の利益を擁護する方向に流れるもの。
ゆえに世代間の財政負担の公平化は無理な願いなのだから、
中央銀行の金融政策が最後の砦のような位置づけだったはず。

しかし日本ではデフレと不景気の責任を押しつけられるような形で、
日本銀行が「異次元」とも称される金融緩和へと進んでいってしまう…。

白川・前日銀総裁の退任会見(2013年3月)

これらを踏まえて金融緩和に対して消極的だと非難された、
白川方明・前日銀総裁の退任記者会見を読み直すと興味深い。

中央銀行はどうあるべきか?という質問には次のように答え、

「「やや長い目でみた経済の安定を目指して、物価の安定と金融システムの安定を目指していく」という基本原理は、いかなる時代にあっても変わらないと思います。」

また財政政策と金融政策の関係についてはこう言及していた。

「結局のところ、悪化した財政バランスを回復する方法は、財政再建に取り組むか、デフォルトか、あるいはインフレで債務を帳消しにするか、この3つしかないわけです。仮に、財政再建への取組みがなされないとすると、残り2つとなり、どちらにしても、通貨の信認、つまり物価の安定と金融システムの安定を維持できません。」

「日本の財政が非常に厳しい状況にある中で、金融政策の展開が財政の状況によって規定されてしまう状況、いわゆるフィスカル・ドミナンス(財政従属)に陥らないように注意を払ってきました。日本銀行は、デフレからの脱却のために非常に積極的な金融政策を行ってきましたが、大胆さと慎重さの両方が求められるナローパスであったと思っています。」

「デフレからの脱却は、日本経済にとって大きな課題です。金融政策は、つまるところ、金融資産を買って金利を下げる、あるいは資金供給量を増やすということですから、そうなると、日本の経済を考えると、国債購入が最も自然な方法、国債が最も自然な金融資産となるわけです。こういう形で多額の国債を買ってきたわけですが、財政ファイナンスとならないように様々な工夫は行ってきています。今後とも財政ファイナンスは行わないという日本銀行の信念は固いのですが、同時に、先程、財政従属という言葉を申し上げた通り、これを避けるためには、日本銀行の構えだけでは不十分で、財政再建を現実に進めていくということがないとなかなか難しいわけです。従って、政府の財政規律と日本銀行の規律の両方が求められていくと思います。」

後々、白川氏がどのように評価されるかは分からないが、
先送りの危機と向き合おうとした希有な人物だったのかもしれない。

おそらく私たちは半永久的な命を手に入れるまでは、
将来を考えて理性的に行動することなのできない生き物なのだろうから。

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