オルテガの「大衆」は、アレントの「技術的知識の奴隷」となる。

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オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」(1930)を読み直すと、
続けて手に取りたくなるのが、ハンナ・アレント人間の条件」。

アレントはユダヤ系のドイツ人。
ヒトラーの政権掌握(1933)に際してアメリカに亡命し、
1951年に「全体主義の起源」、1958年に「人間の条件」を発表している。

以前読んだ時のメモがまとめてあるが、とにかく難解で手元には、

もあるので参照しながら読み直しても、なかなか全貌がつかめない。

アレントの考える「人間の条件」の三要素は、

  • 労働…生命を維持するための営み
  • 仕事…自然とは異なる環境、人口世界を自らの手で作り出すこと
  • 活動…多数の人間の間を生きること

しかしオルテガの言うところの「大衆」が世の中を動かす社会では、
最高の品質を追求するような「仕事」は軽視され、ただの趣味とみなされる。

「私たちが労働者の社会に生きているというのは、ただ労働だけが、それに固有の繁殖力とともに、豊かさをもたらすように見えるからである。・・・「生計を立てる」という観点から見ると、労働と関係のないすべての活動力は「趣味」となる。」

また「労働」重視の消費社会では、個々人の利益追求に力点が置かれたことで、
人々は公に対する関心を低下させ、世界に対する「共通感覚」を失いはじめている。

「動物的な五感を万人に共通する世界に適合させる感覚とは共通感覚のことであったが、この感覚を奪われた人間とは、所詮、推理することのできる、そして「結果を計算する」ことのできる動物以上のものではない。」

さらにアレントは「労働」「仕事」「活動」のバランスが崩れ、
三要素の根底にあった「思考」にも影響が生じ始めたことで、
人間は自ら生み出した技術に対して時代遅れになることを懸念している。

「私たちの思考の肉体的・物質的条件となっている脳は、私たちのしていることを理解できず、したがって、今後は私たちが考えたり話したりすることを代行してくれる人工的機械が実際に必要となるだろう。」

なんだか昨今の人工知能の議論にも登場するような一節だが、
烏合の衆となり、世界を深く理解しようとしなくなった人間の末路は、

「技術的知識という現代的意味での知識と思考とが、真実、永遠に分離してしまうなら、私たちは機械の奴隷というよりはむしろ技術的知識の救いがたい奴隷となるだろう。」

そのまま理解するのは難しいので、たとえば投資に置き換えて単純化すると、
投資リターンだけを追い求め、その先にある企業や経済に関心を払わない投資家は、
「結果を計算することのできる動物以上のものではない」といったところだろうか。

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