2013年にドイツで刊行され、2016年に日本語訳された一冊。
なんだか面白そうなタイトルなので手に取った。
訳者解説によると原題をそのまま訳すと、
「買われた時間 - 民主主義的資本主義の先延ばしにされた危機」
となるらしい。
1970年代から現在に至るまでの経済政策の総括が興味深く、
一番まとまっているのはこのあたりだろうか。
「20世紀末の30年間は、グローバルな資本主義が鎖を解かれて「狂奔」した時代だった。1945年以降、共産圏との体制間競争という条件下におかれた資本主義は、政治的に受け入れ可能なものになるために種々の規制を受け入れざるをえなかった。ところが20世紀末の30年間は、資本の所有権と処分権をもつ人々、すなわち「利潤に依存する」階級が、こうした規制をはね返すことに成功した時代だったと筆者は見ている。それが成功し、大方の予想に反して市場経済としての資本主義体制の再活性化が実現できたのは、とりわけ、資本主義体制保持のために金で時間を買った国家政策の成果だったというのが筆者の説明だ。すなわちこの政策は、第一に貨幣量のインフレーション化を通じて、第二に国家債務の拡大を通じて、第三に家計部門への野放図な信用供与を通じて、消費社会という新自由主義的社会プロジェクトに対する一種の大衆的忠誠心を育て上げた。これは後期資本主義の理論がまったく予測していなかったことだ。とはいえ、資本主義経済が機能するかどうかは公正な利潤という資本主義的期待が尊重され、満たされているかどうかにもかかっている。ところが右にあげたインフレ、国家債務、家計部門への過剰な信用供与という三つの政策は、いずれも資本主義経済が機能するための条件を掘り崩し、一定期間が経つと自らも摩耗していった。」
この三つの政策プラス現在進行中の四段階をまとめておくと。
時間かせぎの四段階
戦後の高度経済成長が1970年代までに終えたところへ
- ブレトンウッズ体制の崩壊により変動相場制へ(1971年)
- 第4次中東戦争による石油危機(1973年)
がやってきて、先進諸国の経済を直撃。
政府は資本家と労働者との要求の間で板挟みに。
そこで編み出されたのが貨幣による危機の先延ばし。
1. 紙幣増刷によるインフレ放置(1970年代)
資本家と労働者との対立を緩和するために、
- 資本家から見ると実質賃金の低下
- 労働者から見ると名目賃金の上昇
を自国通貨のインフレを放置。
輸出産業の競争力を下げてしまい70年代末には賞味期限切れ。
2. 国債発行(1980年代)
政策金利を引き上げてインフレを収束させるが、
デフレ効果による景気後退と失業問題が表面化。
失業手当などの社会保障費の増大に対応すべく国債を発行。
例:アメリカ・レーガン政権の政策
- ドル高政策で石油危機で膨れたオイルマネーをアメリカの金融機関へ
- 金融機関はこれを元手に国債を購入する
1990年代になると各国政府は予算に占める国債費の大きさを問題視し、
公的予算の均衡化に着手したことで賞味期限切れ。
3. 国家債務を家計債務へ付け替え(1990年代)
増税も国債発行もままならないジレンマの中、
ローン審査の緩和により、家計に債務を負担させ、景気の下支えとする。
- クレジットカードによる消費拡大
- 住宅減税とサブプライムローンによる住宅投資の拡大
2008年の金融危機により賞味期限切れ。
4. 中央銀行の金融政策(現在)
これまでの時間かせぎ政策により、現在は三重の危機に陥っており、
どれか一つを解決しようとすると残り二つが破綻するトリレンマ。
- 銀行危機
- 国家債務危機
- マクロ経済危機
「明らかにこの三つの危機は密接に関係しあっている。銀行危機はマネーを介して国家債務危機と、また信用供与を介して実体経済危機と、そして財政危機は国家の歳入歳出を介して実体経済危機と関係しあっている。三者は繰り返し相互に危機を深め合う。ただし三つの危機の規模や重点や絡み合いの様相は国によってさまざまだ。同時に、国と国とのあいだにもさまざまな相互作用がある。倒産した銀行が他国の銀行を道連れにすることは十分にありうる。ある国がデフォルトになり、それによって国債金利が全般的に上昇すると、それが別の多くの国の国家財政を破綻させる可能性がある。各国の国内景気や不景気が国際的な影響力を及ぼす、等々。」
そして現在は中央銀行が時間かせぎを引き受けているが…
オマケ:経済がらみのトリレンマと言えば…
ロバート・マンデル「国際金融のトリレンマ」
次の3つの金融政策を同時に実現することができない。
- 自由な資本移動
- 独立した金融政策
- 為替相場の安定(固定相場制)
多くの国は自由な資本移動と中央銀行による金融政策の2つを採り、
その代わりに為替相場の安定は諦めた形になっている。
EUでは資本移動と単一通貨による事実上の固定相場の2つを採り、
代わりにEU諸国は独自の金融政策を採ることができない。
その結果リーマン・ショック後のギリシャ危機などが勃発。
ダニエル・ベル「資本主義の文化的矛盾」
本来は政治・経済・文化は三位一体だったが、
資本主義の進展によって、
- 政治が「公正」を追求すること
- 経済が「効率」を追求すること
- 文化が「自己実現」を追求すること
の間に相互矛盾が生じ、社会的な緊張につながっていると指摘した。
ダニ・ロドリック「グローバリゼーション・パラドクス」
民主主義とグローバル市場の間の緊張を解決する方法として、
- 国際的な取引費用を最小化する代わりに民主主義を制限して、グローバル経済が時々生み出す経済的・社会的な損害には無視を決め込む。
- グローバリゼーションを制限して、民主主義的な正統性の確立を願う。
- 国家主権を犠牲にしてグローバル民主主義に向かう。
の3つの選択肢があると説き、
これはすなわち次の3つのうち、同時に実現できるのは2つまでということ。
- 民主主義(個人の自由)
- 国家主権(国家の自立)
- グローバリゼーション(国際的な経済統合)
コメント