戸谷洋志「恋愛の哲学」が読みやすかった

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すべての学問の出発点には「数学」と「哲学」がある。
世界を読み解くための「言語」が数学で、「心」が哲学。

そう考え始めてから、関連書籍を手に取るようにしているが、
私には壁が高く、挫折せずに最後まで読める本は数少ない。

でも今回、手に取った、戸谷洋志恋愛の哲学は読みやすかった。
人間と世界の関係性を読み解こうとした7人の哲学者の著作を、
「恋愛とは何か?」という観点で編集した一冊だ。

これまで読みやすかった哲学関連の書籍を思い起こすと、
恋愛や偶然、正義、資本主義など、一つのテーマを決めて、
哲学者の考えを読み解いたものが、理解しやすいようだ。

以下に戸谷洋志「恋愛の哲学」の読書メモ。

なぜ誰かを愛するのか?(プラトン)

  • プラトンは恋愛を快楽と欲望に基づくものではなく、狂気に基づくものと捉え、自分自身をコントロールする恋愛のあり方を説いた。
  • 哲学における恋愛論の先駆けとして、恋愛を永遠性(変わることのない愛)と相互的な関係性(互いに愛し合う関係)によって説明したことが、後世に大きな影響を与えた。

「精神のよりすぐれた部分が、二人を秩序ある生き方へ、知を愛し求める生活へとみちびくことによって、勝利を得たとしよう。その場合まず、この世において彼らが送る生は、幸福な調和に満ちたものとなる。」(プラトン「パイドロス」)

なぜ恋愛に執着するのか?(デカルト)

  • 恋愛において「私」が他者を愛するとき、「私」はその他者を「第二の自己」のように感じる。
  • 自らの欠如を満たしてくれる存在を愛することによって、自分自身が満たされる。
  •  他者を愛する理由は、その他者に出会う前から「私」のなかに存在する。

「愛好から生ずる欲望のうち最も重要なものは、第二の自己となるうると考えられる人間のうちに思い描かれる数々の完全性から生ずるものである。・・・自分は一つの全体の半分にすぎず、異性の一人の人間が、他の半分を占めねばならぬかのように思わせる。」(デカルト「情念論」)

なぜ恋人に愛されたいのか?(ヘーゲル)

  • 愛されることではじめて、人間は自分がどんな価値を持っているのか理解できる。よって愛は人間関係における「承認」の問題である。
  • 他者を愛することと、他者から愛されることは等価であり、結婚をその相互承認の到達点と見た。
  • 現代の恋愛観(いわゆるロマンティック・ラブ)の論理的基礎を作り出したのがヘーゲル。

「愛とは総じて私と他者とが一体であるという意識のことである。だから愛においては、私は私だけで孤立しているのではなく、私はわたしの自己意識を、私だけの孤立存在を放棄するはたらきとしてのみ獲得するのであり、しかも私の他者との一体性、他者の私との一体性を知るという意味で私を知ることによって、獲得するのである」(ヘーゲル「法の哲学」)

永遠の愛とは何か?(キルケゴール)

  • 今この一瞬を重視する愛(美学的な愛)に心を奪われている時は、偶然が織りなす波の中に飲み込まれているだけ。ゆえに美学的な愛は絶望的なものである。
  • しかし絶望を受け入れることによって、偶然に翻弄されない自分であろうとする意志を持つことができる。(永遠の妥当性における自己)
  • 永遠の愛とは相手にとってよきパートナーであるために、ありたい自分を選択し続ける営みである。

なぜ愛は挫折するのか?(サルトル)

  • サルトルの恋愛論の出発点は、人間は自由であるということ。それゆえに人間は根本的に不安な存在でする。
  • 他者に愛されている時は、自由を奪われたとしても、自由の対価としての不安からは解放される。愛は居場所を与えてくれるもの。
  • しかしこのような理想を目指す恋愛は必ず挫折する。

「愛とは、本質的に、一つの欺瞞であり、一つの無限指向である。というのも、『愛する』とは『相手から愛されたいと思うこと』であり、したがってまた『相手が私から愛されたいと思うようになってもらいたいと思うこと』であるからである。しかも、この欺瞞についての存在論以前的な一つの了解が、愛の衝動そのものの内に、与えられている。」(サルトル「存在と無」)

女性にとって恋愛とは何か?(ボーヴォワール)

  • 恋愛は人間の主体性を前提とする。このことに性別は関係ない。しかし社会の求める女性らしさ(客体性)は、女性から主体性を奪うものである。
  • 主体性と客体性の間に葛藤し、苦悩する女性の解決策は、男性から自分の価値を正当化してもらうこと、すなわち愛されること以外になくなる。
  • しかしこれでは本当の恋愛とは言えない。本来の恋愛は愛し合う人間が対等であることが前提だから。

「本来的な恋愛は二人の自由の相互性を認めたうえで築かなければならない。そうなれば、恋人のどちらもが自分の超越を放棄しないし、自分を損なうこともない。二人でともに世界に対して価値と目的を明らかにするだろう。どちらにとっても、恋愛は自分を相手に与えることによる自己の発見であり、世界を豊かにすることであるだろう。」(ボーヴォワール「第二の性」)

なぜ恋人と分かり合えないのか?(レヴィナス)

  • 他者を理解し尽くすことができないからこそ、私たちは恋人を求める。そして分かり合えないからこそ、その人を愛す。
  • 善いものであれ悪いものであれ、私たちは価値体系を持っているから、この世界で起こる出来事を理解することができる。しかし価値体系に他者を当てはめることは、他者の無限性を否定することになる。
  • 他者を理解しようとする欲求と、理解し尽くすことのできない他者と向き合おうとする欲望。この欲望と欲求が同時に起こることが愛。
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