信念の功罪/菜根譚・前集112,130

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何かしらの信念を持った人間は信頼されやすい。
しかしその信念に固執しすぎて思考停止に陥るのはダメだ。

菜根譚を読み返していたら、そのバランスの大切さが示されていた。

信念を貫くべきだ(前集112)

意を曲げて人をして喜ばしむるは、躬を直くして人をして忌ましむるに若かず。
善なくして人の誉を致すは、悪なくして人の毀を致すに若かず。

信念を曲げてまで世間の評判を得るくらいなら、
たとえ人に嫌われようと、自分の信念は貫くべきだ。
善いことをした訳でもないのに賞賛されるくらいなら、
いわれのない避難にさらされる方がマシだ。

なんとなくヨハン・クライフを思い起こさせる一節だ。

そして信念や美学を持たない人間は、烏合の衆になりやすい。
なんだか分からない安心を求めて思考停止の集団となってしまう。

純粋に美学を貫き通す「数寄者」であるためには、
他者と群れたり、媚びたりせず、孤独と向き合うことが大切だ。

ただしこの世に絶対的な判断基準などというものはない。
ともすれば間違った信念に固執している可能性もある。

信念にこだわりすぎるな(前集130)

群疑に因りて独見を阻むなかれ。
己の意に任せて人の言を廃するなかれ。

世間に支持されないからといって、自分の意見を変えてはならない。
自分の意見に固執するあまり、他人の意見を無視してはならない。

信念を持つことは良いことだが、他者の意見にも耳を傾け、
常に信念を更新し続けなければ、害でしかなくなってしまう。

積み上げてきた経験に反する意見を受け容れるのは難しいもの。
だからこそ老子が「しなやかな水」を最善のあり方と捉えたのだろう。

そしてしなやかさを失わないために最も大切なのは、
好奇心や考え続けることへの喜びなのだと思う。

菜根譚まとめシリーズ

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