原題は
DEEP THINKING
Where Machine Intelligence Ends and Human Creativity Begins
著者はチェスの元世界王者。
1996、97年にIBMのスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」と対戦。
1996年はカスパロフが3勝1敗2分で勝利、97年は1勝2敗3分で敗戦。
当時の対戦を振り返りながら、人間と機械の思考法の違いはもちろん、
これからの私達のあるべき姿勢などが提示された一冊だ。
最近日本では棋士と人工知能との戦いが話題になっていたが、
20年前の対戦は人間に不利な条件が多かったことがうかがい知れ、
- リセット、クラッシュ、再起動、通信停止からの復旧を待たされることによる集中力を保つのが難しい。
という当時のコンピューターにありがちなトラブルはもちろん、
- 事前にディープ・ブルーは貸出されないので練習できない。
- ディープ・ブルーには対局と対局の間にも新たなプログラムが書き込まれた。
といった対策の立てづらさもあったようだ。
コンピューターに敗れショックを受けたこと
三度目の対戦はIBM側が拒否したことで実現しなかったため、
正式には一勝一敗の五分ではあるが、敗れたカスパロフは、
「ディープ・ブルーは、人間らしい創造力と直感を備え、人間らしく考えてプレイするコンピューターではなく、1秒あたり最大2億手を体系的に評価し、大量の計算と力技で勝つ機械だった。」P11
というディープ・ブルーの特性から導き出された
「良くも悪くもチェスは、チェス・マシン業界に速度以外の解決作を探させるほど深いゲームではなかった。」P109
愛するチェスの浅さを知ってしまったことにショックを受けたようだ。
コンピューターの強さは先入観に囚われないこと
本書でカスパロフの指摘したコンピューターの強さの本質は、
- すべての手を読めること
- 先入観を持たないこと
の2つにまとめられるだろう。
すべての手を計算できることでコンピューターには迷いがない。
「人間に絶対的な確信が持てないのは、すべてを見通したという自信が持てないからだ。ディープ・ブルーにはそれができる。」P210
また後付け解釈による先入観があるかぎり、
人間がコンピューターに勝つことは困難という見方も提示している。
「物事を理解するために、人間は物語を必要とし、個別の事象の連続とは考えない。そのせいで、多くの間違った結論を下してきた。自分の先入観にきちんと収まる心地よい逸話や、耳になじんだ言葉の羅列に接すると、あっさりデータを軽視してしまう。」P207
「ディープ・ブルーはひとつひとつの局面を先入観なしで見ることができるし、それまで下してきた決断に盲口的に執着することはない。人間を驚かせる手をマシンがよく指すのは、それがひとつの理由である。」P281
そして現在では、
「『実力のない人間+機械+優れた処理』は強力なコンピューターよりも優れ、さらに意外なことに『優秀な人間+機械+劣った処理』よりも優れている。」P373
と結論づけ「カスパロフの法則」と呼ばれているのだという。
この結論はタイラー・コーエンが「大格差」で指摘したことと似ている。
人間は機械といかに向き合うべきか?
20年も前に人工知能と盤上で戦ったカスパロフ。
彼は近年さまざまな場面で人工知能の分野が、
「人間vs機械」という対立軸で描かれることを危惧しており、
「機械が人間の仕事をどれだけ多くこなせるようになっても、私たちは機械と競争しているわけではない。新たな課題を生みだし、自分の能力を伸ばし、生活を向上させるために、自分自身と競争しているのである。・・・もし私たちが、自分たちの生みだしたテクノロジーに対抗できなくなったと感じているなら、それは目標や夢の実現に向けた努力や意欲が足りないからにほかならない。」P68
問題は私達自身の姿勢にあると説き、
過去に起きたエレベーター技術導入の遅れを紹介する。
「自動エレべーターの技術は1900年には存在していたのに、操作係のいないエレべーターに乗るのをひどく不安がる人が多かったために導入できなかったという。1945年のストライキと、業界をあげてのPRがあってようやく、人々の意識が変化したようだ。こうした変化は、自動運転車についてもすでに再現されている。自動化-懸念-最終的な受け入れという循環過程はこれからも繰り返されることだろう。」P15
そして熟慮すべきは人間の創造性がどう変化するか?だと指摘する。
「私たちは自由意思を失ったわけではなく、どう活用していいかまだよくわからない時間を手に入れたのだ。信じられないほどのパワー、無限とも言える膨大な知識を手に入れたのに、目的意識が欠けているために、それを心ゆくまで活用できないでいる。・・・検索すればあっという間に答えが見つかるようになったせいで、それに依存して、人類の知性は停滞するのではないかと不安視する声もあるが、本当に危険なのはそこではない。新たなものを生みだすのに必要な理解力や洞察力が失われ、薄っぺらな知識に置き換わってしまうことが真の危険なのだ。」P342
個人的には10年前に読んだ「決定力を鍛える」の方が興味深い内容だった。
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