秘する花を心に

多様な情報や価値観に触れることができるようになったけど、
それで幸せになったかというと…、実は生きづらい世の中になっている。

何を判断するにも情報に振りまわされてしまい、

山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」の方が重要なのである
---羽生善治「決断力」P129

今や情報を探すことよりも捨てることに忙しくなった。

たとえ、多くの選択肢を切り捨て、1つの道を選ぶことができたとしても、
自分の捨てた道で、別の誰かが成功している情報を目にしてしまったり。
選ばなかった過去は美しく見えるから、自分の選択に後悔しやすくなった。

また、変化がめまぐるしく、幸せの定義すらあいまいな世の中で、
ソーシャルネットワークなどを通じて、多数の人の人生に触れることで、
他者との比較による「ないものねだり」に襲われやすくなってしまった。

20世紀の哲学者ラッセルはその著書「幸福論」で、

人間は、自分の情熱と興味が内ではなく外へ向けられているかぎり、幸福をつかめるはずである。」P267

と語ったが、自分の外に情報という悪魔がひしめく21世紀ではどうか。
外側に自分の幸せを託そうすれば、かえって不幸になってしまうのでは?

だから自分の外よりも内側に、心のよりどころを持つことが大切だろう。
他の誰かに分かってもらう必要はない。共感など求めてはいけない。
むしろ誰にも理解されないものの方が、芯がより強くなるだろう。

秘する花を知る事。秘すれば花なり秘せずは花なるべからずとなり。この分け目を知る事、肝要の花なり。
---世阿弥「風姿花伝」花伝第7・別紙口伝

今の時代、胸の内に「秘する花」を育てることが大切なのかもしれない。