守破離の来歴と礼讃

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文化・芸能以外の分野で「守破離」を目にすることが増えたような。

既存の型を守り、型を破って外に出て、型を離れて新たな型を生む

そんな「守破離」はどこからやってきたのか?

世阿弥の「風姿花伝」の一節が関連づけられることが多いみたい。

一切の事に序破急あれば、申楽もこれに同じ。能の風情を以て定むべし。

ただこの時すでに「序破急」は雅楽の楽章を表す言葉として定着。
世阿弥も公演構成の「序破急」を述べているだけだ。
一文字「破」が重なるだけで、世阿弥は「守破離」を説いていない

もちろん内容的に「守破離」を語ってる部分は「風姿花伝」にありそうだが。
しかしそう捉えてしまうと、道元や夢窓国師の禅にも守破離は説かれている。

では一体誰が「守破離」を持ち出してきたのか?

規矩作法 守り尽くして 破るとも 離るるとても 本を忘るな

これは千利休が茶道の心得を和歌にしたという利休百首の1つ。
型を破っても離れてもいいけど茶の湯の本質を忘れるな、ってこと。

そしてこれを受けて後の茶人、川上不白がしきりに守破離を説いた。

守ハマモル、破ハヤブル、 離ハはなると申候。弟子ニ教ルハ此守 と申所計也。弟子守ヲ習盡し能成候へバ自然と自身よりヤブル。これ上手の段なり、さて、守るにても片輪、破るにても片輪、この二つを離れて名人なり、前の二つを合して離れてしかも二つを守ること也。」(不白筆記)

守は下手、破は上手、離は名人。」(茶話集)

師匠が弟子に教えることが「守」、弟子の習熟とともに自然に「破」。
そして「守」と「破」を合わして離れて、しかも守ることが「離」。
茶道の後は剣道で多用される言葉となったようだ。

深入りすると難しい言葉だけど、話すときには割と伝えやすい。

「ブレイクスルー」や「イノベーション」、「~サイクル」などといった
一見カッコいいけど中身が伴わないカタカナ語より「守破離」だよ。


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