羽生善治さんの学習の高速道路論

毎年ゴールデンウィークに再編集することを習慣にしている、
かつて将棋の羽生善治さんが語った「学習の高速道路論」。
初出は2006年のベストセラー梅田望夫ウェブ進化論」。

ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走りぬけた先では大渋滞が起きています。

ITとネットの進化で将棋が強くなるために必要な

  • 定石の研究成果
  • 棋譜のデータベース
  • 終盤のパターン

といった情報を誰もが共有し、学ぶことができる時代になった。
このことを羽生さんは「高速道路が敷かれた」と表現し、
この高速道路は将棋に限らず、様々な分野で日々敷かれ続けている。

この時点では「大渋滞を抜けるためには何が必要なのか」答えはない。
2007年11月に出版の「ウェブ時代をゆく」で梅田氏は次のように語る。

大渋滞の先でサバイバルするには、大渋滞を抜けようと「高く険しい道」を目指すか、大渋滞にさしかかったところで高速道路を降りて道標のない「けものみち」を歩いてゆくのか、2つの選択肢があると私は思う。そのどちらの道を目指すにせよ、自らの「向き不向き」と向き合い、自らの志向性を強く意識し、「好きを貫く」ことこそが競争力を生むと私は考える。

大渋滞に巻き込まれ、その他大勢の存在として埋没しないために、
どんな道を選ぶにせよ、「好きを貫く」精神がポイントだと説いた。

そして2009年5月出版の「シリコンバレーから将棋を観る」では、
「好きを貫く」から、もう一歩踏み込んだ表現になっている。
羽生名人、佐藤棋王、深浦王位、渡辺竜王と将棋のトップクラスと接し、
超一流 = 才能 × 対象への深い愛情ゆえの没頭 × 際立った個性
という方程式を示した上でこうまとめた。

「知の高速道路」が敷設され、癖のない均質な強さは昔に比べて身につけやすくなった。しかし「高速道路を走りきった後の大渋滞」を抜けるには、加えてこれらの三要素が不可欠なのだ。特に「際立った個性」の強さが、最後の最後に紙一重の差を作り出す源となるのである。そしてそれは、どんな分野にもあてはまる普遍性を有する。私は、これからの時代の「超一流」を目指すとは、突き詰めればこういう事なのではないかと思うに至ったのである。


羽生さん自身だったら、渋滞を抜け出すために何が必要と言うだろう。
決断力」をはじめ著書の中でくり返し説いた「継続する力」だろうか。

才能とは、同じ情熱、気力、モチベーションを持続すること

やがて羽生さんの説く「継続」は自身の「幸福論」ともつながっていく。
結果を出し続けるために」(2010)に私の大好きな一文がある。

幸せとは、一箇所にとどまって、これで幸せというものではなく、現在進行形で動き続けているもの、変わり続けているもの。変わり続ける中で、新しい発見があるもの。やりがいを感じることや充実感があることを見つけ続け、探し続ける、そのプロセスです。

また「直感」の重要性についても説き続けているのが特徴で、
2012年に出版の「直感力」ではこのように語っている。

多面的な視野で臨むうちに、自然と何かが沸き上がってくる瞬間がある。・・・ある瞬間から突如回路がつながるのだ。この自然と沸き上がり、一瞬にして回路をつなげてしまうものを直感という。だから、本当に見えているときは答えが先に見えて理論や確認は後からついてくるものだ。


高速道路がひかれたことで、将棋の研究が高速化した現代。
羽生さんは梅田望夫氏との対談(2012)のなかで、

形によってはもう中盤の終わりとか終盤まで研究が進んでいて、変な言い方ですけど、ちょっと途方に暮れている感はあります。・・・研究段階だけでほとんど勝負の結果まで見えてしまうとか、あとはもう分析するだけでどうかなるとか、そういうケースも増えてきています。それだけの将棋っていうのは、方向性として正しいのか?と感じることがありますね。どうしたものかな…と。

おそらくそれは脳科学者・酒井邦嘉氏との対談(2013)で語った、
チェスのように将棋から創造性が奪われる危機感なのだろう。

いまは情報があふれていて、情報は押さえておかなくてはいけないけれども、逆にその情報が邪魔して創造的なことができないということが起こります。・・・最近の傾向として、定石は進歩していますが公式戦ではもうあまり指されません。つまり、定石は結論が出たら終わりですから。・・・ロマンチックな部分がだんだんなくなりつつあります

勝つためには高速道路を走り続けなければいけない。
誰よりも速いスピードで…。
ただ将棋を楽しむために本当は、高速道路なんかに乗りたくない。
海洋冒険家・白石康次郎氏との対談集(2010)に現れた本音。

道路もなければ、てくてく歩いていくしかないと思えるけど、目の前に高速道路があったら、みんなそれに乗って、どんどん、先に行っちゃう。でも、本当にその先にすごくいいものがあるのかというと、実はゆっくり行ったほうが楽しいものが見えるんじゃないか、と思ったりもします。

直近の作家・沢木耕太郎氏との対談(2015)では、
一見無駄に見える努力が本質に近づくヒントがあるのでは?
と少しその考えが具体化しているように思える。

今ではインターネットで棋譜のデータベースにアクセスできるが、
かつては将棋連盟へ出向いてコピーをもらう必要があった。
でもそれが完全にムダだったかというと…

行き帰りの電車の中で過ごす時間や、棋譜を整理するために手を動かしている時間が、実は考えを熟成させて、本質的な理解を深めるために、役立っていたんじゃないかと。

高速道路の先にある大渋滞を抜け出す方法を、
デジタルではなくアナログに求めようとしているようだ。


ITとネットの進化によってひかれた高速道路。
資産運用の世界では「プロ」の壁が崩壊するきっかけとなった。
今ではあらゆる立場の投資家が「経済的自由」を目指し、
そのための高速道路として、金融市場に乗り入れてきている。
しかし運用成績の面では大渋滞が起きていることだろう。

最近の株価上昇で運よく渋滞を交わした方もいるだろうね。
でも上記の羽生さんのことばを紹介したとおり、
本当にその先にすごくいいものがあるのか」というと…
私の正直な想いは4年前語ったとおり。

高速道路をかっ飛ばして、
「人としての成長」と「資産の成長」のバランスが崩れた感じ。
その後ようやく自分なりの人生観が整って、

お金になるかどうかは気にせず、今後が楽しくなりそうな選ぶ。
遊び心を持って、豊かな時間の使い方をすることが、
思わぬ幸運を引き寄せる力になると信じて生きている。


また「学習の高速道路」という言葉が目をひいたあの頃は、
インターネットは「知」を解放し、輝かしい未来を約束するものだった。
しかし本当に私たち1人1人の視野を広げるものなのか…

羽生さんの感じているよう創造性の敵になりつつあるのかも。
それに今の世の中、スピードや効率化だと、なんだか味気ない。
渋滞に巻き込まれる人生も、にぎやかで楽しいかもしれないけど、
私は群れるのが苦手だから、別の方法を模索している。

世間と距離をおくことで、自分なりの世界を読み解く方法を見つけたい。
そしてお金になるかどうかで見捨てられた価値観を大切にしたい。

コメント

  1. aosagi39 より:

    貴見にまったく同意です。
    私の本職の画像診断は、IT化の急速な進行で、この10年で大きく変貌を遂げました。大量の情報をスパスパっと裁き、あたかもデイトレーダーのごとくマルチモニターシステムに表示される刻々と変動する画像情報に向い、短時間で判断を迫られるデジタル的な仕事なのですが、むしろ職人芸性が年々高まる傾向にあります。
    一見どんくさく、仕事は遅め。多少寄り道してでも、じっくり、ゆっくり、想像力を膨らませながら考えるタイプの方が、最終的な到達点は高く、周りからの評価も徐々に高まっている気がしますね。
    結果がすぐに出なくても、焦ることはないです。
    あきらめず継続することが第一条件
    ”残り物に福がある”経験も、人生を重ねるたびに増えてくるものですよ。

  2. 名もなき一般民 より:

    著名な人たちの言葉はもちろん勉強になります。
    でも最後の一文のまろさんの言葉が一番共感できます。

  3. まろ@管理人 より:

    aosagi39さん、いつもありがとうございます。
    これも羽生さんの言葉ですが、
    「才能とは、同じ情熱、気力、モチベーションを持続すること」
    私はあきらめが早い性格ですが、ごくまれに離れられなくなるものに出会います。このブログもその1つかもしれません。
    名もなき一般民さん、お褒めいただきありがとうございます。
    私はただのんびり暮らしたいと願っているだけかもしれませんが…(笑)