ロジェ・カイヨワ「循環的時間、直線的時間」

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新型コロナウイルス(COVID-19)の影響による経済見通しを語る時、
決まって2003年のSARSの時の株価や経済統計が持ち出される。

この手法で未来の何が分かるのだろう?とモヤモヤを感じながら、
たまたま目に留まったのが、ロジェ・カイヨワ斜線に収録される、
「循環的時間、直線的時間」という短い論考だった。

東洋では例えば時間は星の動きによって支配されるという見方があり、

「東洋における年代というのは、無限にして実際には見えないひとつの連続として感じられるのではなく、一定の特性を備えた無数の瞬間が連続継起する不動の秩序の中で、周期的に反復する閉ざされた総体と受け取られているという。」

あくまで古代の話と思いがちだが、
今でも十二支や季節の移り変わりを大事にするといった感覚は、
知らず知らずのうちに循環的時間を意識したものかもしれない。

ちなみにカイヨワは、時間を循環的に捉える文化の中では、
進歩の観念が排斥されるような傾向が見られると指摘しているが、
西洋がいち早く経済発展を遂げたのとも関係するかもしれない。

一方の西洋ではユダヤ教やキリスト教の時間感覚が、
天地創造から終末に向かって直線的であるように、

「循環的時間とは対照的に、ヘロドトスからボッシュエを経てヘーゲルに至る歴史的時間は、直線的で、測定不能の過去から無限の未来へと向かう連続的な発展としての姿をおびている。」

しかし循環的時間概念から完全に自由になったわけではなく、
歴史家は文明には誕生と成熟と死がある、という見方に吸い寄せられる。

「あたかも人間精神が、洋の東西を問わず、いかなる子午線のもとにあろうとも、循環的時間概念のもつ魅惑に感じ易いことを示しているかのようである。」

結局わたしたちは「歴史は繰り返す」以外の方法を持っていない?

そしてカイヨワの論考は次の一文で締められる。

「各人が生まれ落ちた瞬間から、自分の周囲ですべての人々に受け入れられている時間についてのイメージに完全に慣らされるので、他の人々にとっては、時間についての別なイメージが、自分の場合と同じように自然で当然なものとして受け入れられているのだと想像することさえできないほどなのである。そして各文明が歴史における連続継起についての特殊な表象から影響を蒙っているということ、また自分に固有な世界観や自分の道徳の世界、恐らくは日常の行動の実際的な諸規則さえも、そうした表象によって、ひそかに、そして遠くから変えられているのだということを迂闊にも知らずにいるのだ。」

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