紅葉の語源/百人一首24「紅葉の錦 神のまにまに」

かつて日本人は無文字社会からの移行期万葉仮名の時代、
木の葉が色を変えることを「モミツ(毛美都)」と呼んでいた。

それが「モミチ(毛美知)」と名詞化し、万葉集の時代になると、
黄葉」を「モミチ」や「モミチバ」と読むようになっていった。

どんな歌われ方をしていたかというと、
たとえば柿本人麻呂は妻を亡くした時の挽歌として、

秋山の 黄葉を茂み 惑ひぬる
妹を求めむ 山道知らずも

黄葉の 散りゆくなへに 玉梓の 
使を見れば 逢ひし日思ほゆ

また大伴家持は世の無常を次のように詠っている。

言とはぬ 木すら春咲き 秋づけば 
もみち散らくは 常をなみこそ

「黄葉」と書いていた頃の「もみぢ狩り」はどうも暗い。

「黄葉」から「紅葉」へと表記が変わるきっかけは諸説あるようだが、
もともと中国でも「黄葉」と表記していたものが、
唐の時代に「紅葉」に変わり、中でも白楽天が多用したのだと言う。

となると白楽天(772~846)に漢詩を学び、
中国文化に精通していた菅原道真(845~903)の歌が興味深い。

このたびは ぬさもとりあへず 手向山 
紅葉の錦 神のまにまに

日本において「黄葉」が本来の色を表現した「紅葉」に変わるとともに、
紅葉に悲しみではなく、美しさを見出した転換点の一首と言えるかも。

こうして考えてみると百人一首に収録され、
今も名歌として読み継がれていることになんだか納得するのだった。