「いつか」は「今」に対する言い訳

今日で干支を3回転しちゃった。

もういい年なので「いつか○○するのが夢」みたいのはない。
「いつか」と言った時点で、今を否定している気がするから。
私にはそんな言い訳をして時間を浪費している暇はないもん。

やりたいことがあるなら、準備してからとか言わずに、
とにかくはじめてしまって、おもしろがることが大切。

そしたら思いもよらない「出逢い」があり、さらに楽しくなる。

とにかく今この時を思いっきり遊んでいたい。
仏教用語では「道を極める」と「遊ぶ」はご近所さんだし。

  • 遊行(ゆぎょう)…僧が修行のため諸国を巡り歩くこと
  • 遊戯(ゆげ)…心にまかせて自在にふるまうこと

それに忙しそうにしている人にはお願いごとをしづらいでしょ?
だから余裕なさそうにしていると、面白い話が寄ってこない。
常に遊び心を持って、暇を演出することも大切なんだ。

最後に1615年の旧暦5月7日は(現在の暦だと6月3日)、
大坂夏の陣で真田幸村が討ち死にした日にあたる。
信念を貫き通して散った幸村に後悔はなかっただろう。
そしてその後の人気・名声はみなさんご存じのとおり。

「好きなことを我慢して、妥協しながら人生を終えるよりも、好きなことを追求して、敗れた人生の方が後悔しないと思うよ。人生は一度しかないのだから。」

先日書き上げた「古典に学ぶ人生論」の末尾より。

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