カルロ・ロヴェッリの量子論に、思考法や思考の癖を学ぶ。

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カルロ・ロヴェッリ世界は関係でできている

量子力学の解釈をめぐり、大きく分けて、
「多世界解釈」「隠れた変数の理論」「QBリズム」
の3つの派閥があるが、
著者は「関係」を軸に解釈すべきと説く。

科学者も測定機器と同じように自然の一部であり、
量子論は、自然の一部が別の一部に対して、
どのように立ち現れるかを記述する理論であると。
簡潔に言うと、事物がどう影響し合うかについての理論ということだ。

とくに目新しさを感じなかったのは、文化の差なのかなと。
仏教系の古典と相対性理論を結びつけて考えたりすると、

この世界は見る・見られるという関係の中でできている
というのは、ごく自然なこととして認識できているから。

でも量子論が研究の中心が東洋ではないのはなぜか?
ふと思い当たるのは、ロジェ・カイヨワが下記の図のように、
遠く離れた学問分野を融合することが重要と説いていたこと。

だから、絶対的な真理を求めてきた西洋思想の側にいた著者は、
量子力学と東洋思想(著書は゛ナーガールジュナに「!」)の融合に、
新たな可能性を見出すことができたのかもしれない。

本書の中で私が「お!」と思ったのは、最新の神経科学の話。
すでに脳科学系の本で読んだような気もするが、

「脳は、すでに知っていることや以前起きたことにもとづいて、見えそうなものを予期しているのだ。目に映るはずのものを予測してその像を作る。その情報がいくつかの段階を経て、脳から目に送られる。そして、脳が予見したものと目に届いている光に違いがあると、その場合に限って、ニューロンの回路が脳に向けて信号を送る。つまり、自分たちのまわりからの像が目から脳へと向かうのではなく、脳の予測と違っていたものだけが脳に知らされるのだ。」

私たちは無意識のうちに、自らの知識から予期した情報を元に、
予測に反する情報が見つかったら修正を施す、という流れを経て、
この世界を認識していることになる。

目新しい局面を理解するために、時に経験が判断の邪魔になるのは、
こういう話とも繋がっているのだなぁ。。。

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