捨聖・一遍上人のことば

この記事は約2分で読めます。

氾濫する情報、パーソナライズ化された情報といかに向き合うか?
投資家として、知的生活に憧れる凡人としての私の重要テーマ
最近では日経新聞の購読をやめ、情報源を捨てる努力もしている。
「捨てる」ことは情報だけでなく、人生全般において大切なんだよね。

一遍上人が「捨聖」って呼ばれてたことを思い出した。
踊り念仏で鎌倉時代の日本を遊行した時宗の開祖。
捨てることの極意を求めて「一遍上人語録」を再読してみた。

生ぜしもひとりなり、死するも独なり。されば人と共に住するも独なり、そひはつべき人なき故なり。」(P110)
本来無一物なれば、諸事において実有我物のおもひをなすべからず。一切を捨離べし。」(P116)

仏の前では人間は身ひとつであり、所有物などありはしない。
こうした思想のもとに、あらゆるものを捨てよと説く。

念仏の行者は知恵をも愚痴をも捨、善悪の境界をもすて、貴賤高下の道理をもすて、地獄をおそるる心をもすて、極楽を願ふ心をもすて、又諸宗の悟をもすて、一切の事をすてて申念仏こそ、弥陀超世の本願に尤もかなひ候へ。」(P35)

さらには捨てることへのこだわりを捨てよ、と和歌を詠む。(P54)

捨ててこそ 見るべかりけれ 世の中を すつるも捨てぬ ならひ有とは

そういえば「からだ一つに戻る勇気」が投機の真の意味だった。
そして今の私は、捨てることにこだわりすぎかもしれない。

一遍上人語録 (岩波文庫 青 321-1)
岩波書店
¥778(2019/09/20 19:21時点)

コメント

タイトルとURLをコピーしました