食への探究心の賜物! 益田鈍翁の茶懐石。

先日のセミナーで磯田道史さんが、
菊乃井・村田吉弘さんがこんな話をしていたと紹介。

上等な料理とは料理に対する考えや工夫が上等であること

ただ高価な食材を使っただけでは上等な料理とは言えない。
その言葉にふと益田鈍翁(1848~1938)の茶懐石を思い出す。

明治・大正時代の実業家の間で茶会がたびたび開催され、
その記録が高橋箒庵東都茶会記」に残されている。

都立中央図書館に行かないと読めないので、
まだ半分も読み終えていない(やはり中古で手に入れるべきか)。
まだ途中とはいえ箒庵の茶会に対するコメントを読んでいると、
とりわけ鈍翁の懐石料理が発想豊かな献立だったことが伺い知れる。

型にとらわれない食材選び(1914年2月7日の献立)

  • 汁…若布、三州味噌
  • 向付…寒鮒、甘酢
  • 椀…白魚、海老、椎茸、シンジヨ
  • 焼物…猪子、大根、カラシ
  • 吸物…蛤、土筆
  • 八寸…室蘭薫鮭、百合、山椒実
  • 香物…沢庵

茶料理に猪子の出品は少し大胆すぎたる様なれども、猪子の煮方は土佐が最も上手なれば、庵主はその調理法を採用したる由にて、当日のごとき寒風凛烈の折柄には罪も報いも後の世も忘れ果てて一同お替わりと云ふ始末なりしかば、庵主もすこぶる満足の様子なりき。

茶懐石には本来、似つかわしくない食材の「猪肉」が出された。
体の温まる料理は当日の気候に合わせたおもてなしだった模様。

形にとらわれないのが鈍翁の懐石料理の特徴で、
当時日本に渡来したばかりの「アスパラガス」を味噌汁の具にしたり、
吸物に中華の高級食材「燕の巣」を使っている献立もあった。

安価で美味な食材を求めて(1915年10月17日の献立)

  • 汁…三州味噌、茄子、胡麻
  • 向付…鮎粕漬、玉ねぎ、北海道鰊
  • 椀…豆腐、海老しんじょ、藤豆、柚
  • 焼物…京都芋、花鰹
  • 煮物…鴫、松茸、栗
  • 吸物…牡蠣、不老長生、切生姜
  • 香物…茄子、胡瓜など押漬

庵主が安価食物研究の結果、北海道鰊を広告せんとて、之を向付に用ひたるはあまり結構なる思ひつきにもあらざれども、とにかく食物に工夫多きは当庵の名物なり。

成功した実業家が競って主催した当時の茶会。
その財力を見せつけるような高級食材を使った料理ではなく、
安価で美味な食材を探して披露していた鈍翁。
その姿勢は次の献立に色濃く現れている。

新たな食材を求めて野草を試す(1916年4月16日の献立)

  • 汁  信州味噌、独活
  • 向付 鯛、岩茸、山葵、甘酢
  • 椀  鰈(かれい)、金海鼠(きんこ)、蕨(わらび)、木の芽
  • 焼物 豚、鶏肉と重ね焼、摘草浸し
  • 強肴 桜ばい、蕗(ふき)
  • 八寸 若鮎、薔薇の芽
  • 吸物 蛤、切生姜
  • 菓子 春雨羹

当庵の懐石には、毎度得体の知れぬ材料の一、二品加はらずといふ事なく、当日の野菜の多くは小田原石垣山の牧場より携帯の品々にて、ことに薔薇の芽など思ひもよらぬ材料なるが、庵主は近年本草趣味を喜び、大正式神農氏を気取り居るゆえなれば、今後いかなる本草食物を発見せらるるや、その都度これを試食する客人一同はありがたくもまた恐ろししと、大薩摩入りの賛辞を呈せざるを得ず。

鈍翁は小田原と箱根強羅に別邸を有し、箱根の観光地化を進めたことでも有名。
小田原から箱根に向かう途中にある石垣山の牧場で、
新たな食材の探求に余念がなかったようだ。

客人は困惑気味だったようだが、食への探究心は見習いたいもの。
「東都茶会記」はなかなか読むことができない本なので、
今後も読み込んで、その内容を編集してみたい。

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