ゆる~い会話の居場所

なぜだろう? 記憶に残る話は、雑談ばかりだと思わない?
脳科学や心理学から研究されてないかな、調べてたけど見当たらない。
(ご存じの方がいらっしゃったら、教えてください。)

だから勝手に仮説を立ててしまうと。
たわいない会話は、

  • 心や時間に余裕のあるときに、交わされることが多い。
  • 変に気を遣わないから、お互いありのままの姿が出やすい。

から、記憶や印象に残りやすい。
話した方は覚えてなくて、聞いた方はよく覚えてたりするのも特徴かも。

結局は、気の合う人との会話だから記憶に残りやすいだけ?

なんてことを考えていたら今朝、
茂木健一郎氏の「居場所」に関する連続ツイートが目に止まった。

人間にとって、お金よりも、地位よりも、何よりも必要なのは「居場所」かもしれない。周囲の様子を見たり、自身の人生を振り返るとそう思えてくる。居場所(1)

どんなに小さな場所でもいい。吹きだまりでもいい。日だまりならば、なおさらいい。「自分はとりあえずここにいるのだ」という居場所を見つけることは、人生の幸せの最低限の条件である。そして、時には満たすことが難しい。居場所(4)

母語が通じ、自分が安らぐことのできる祖国が健在であることは、何とありがたいことか。国というのは時にろくでもないものだが、それが崩壊した時の居場所のない怖ろしさを、私たちは幸いにして知らない。居場所(7)

このツイートを目にしながら、ふと考えたのは、
自分の居場所がある、と感じられるのは、ゆる~い会話のあるところ?
そして、やっぱり日本を、日本語を、大切にしたいな、と思うのだった。