キャッチコピーに「地球」はやめませんか?

NPOにかかわっていると、いろんな団体の情報を目にするんだけど、
これはちょっと…、と首をひねりたくなるキャッチコピーによく出会う。

地球を守る」「地球を救う」「地球を壊す」などなど…

昔からこの手のキャッチコピーが多かったのかな?
さてはドラゴンボールを見て育った世代が多用しているだけ?
そんなに軽々しく地球、地球って…、どうなんだろ?って思う。
なんだか日本に似合わない気もするんだよね。

まだちゃんとつかめてないから、抽象的な表現しかできないけど、
日本の歴史や文化を追っていくと私たちの国は、

  • 全体よりも部分のあり方を注目にしてきた
  • ものごとを小さくとらえ、小さな変化に美を見出してきた

こんな特徴があるんじゃないかな。
パッと思いつくかぎり、例を挙げていくと…

平安貴族が季節のちょっとした「うつろひ」を「あはれ」や「をかし」と詠み、
それが芭蕉の俳諧の「しをり」や「ほそみ」の感覚にもつながっている。

ヨーロッパがルネサンスで、大聖堂に巨大な天井画を描いたり、
宇宙にまで目を向け、天動説、地動説と大きなものを追っている頃、
日本では庭園、茶道、能など引き算の美学で「幽玄」を追っていた。
利休が茶室を極限まで小さくし、手が届く範囲の美を追究したのが象徴的。

えーと、脱線しすぎて長くなってきたから、そろそろやめないと(笑)
こんな歴史的・文化的な背景のある日本で何かを伝えたいなら、
自分も分かっていないような大きなもので説得しようと無理しちゃダメ。
にわか日本研究家の変な投資家からのメッセージでした。

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