当時の状況(無文字社会・人口構成)から考えると、
漢字と出会った日本人の行動が不思議、というのが前回の話。
漢字に独自の編集が加えられて誕生した「万葉仮名」をもとに、
平安時代には「仮名文字」へと変化していった。
- 平仮名…万葉仮名で和歌や文章を綴るうちに文字が行書・草書化
- 片仮名…漢文を音訓読するための記号・符号から派生
でも「真名(漢字)」の「真」に対し、あくまで「仮名」は「仮」のもの。
今風に言えば、グローバル・スタンダードは「真名」ってことだ。
そして和歌が仮名文字で書かれるのが一般的になった頃、
日本の心である和歌を漢詩に訳した作品が残されている。
菅原道真の「新撰万葉集」。
和歌に漢詩を添えることで、和漢の違いを際立たせた作品。
「和歌は究極のところ、人間を示すよりは気分そのものを示そうとします。これに反して、漢詩は、気分よりは、それをそのような気分としてあらしめている諸条件を背負った人間そのものを示します。」
---大岡信「詩人・菅原道真」P62
日本独自の文字や文化の輪郭が見えはじめた頃に、
グローバルな表現と照らし合わせることで日本を際立たせる。
菅原道真はその後、太宰府へ左遷されてしまうが、
次の世代に受け継がれ、紀貫之が日本語完成に大きな役割を果たす。
道真の時代、中国では唐が弱体化し、遣唐使も廃止される。
もし唐が安泰だったなら、「新撰万葉集」は中国に伝わっただろう。
そう考えると、ちょうど1000年後に英語で世界に発信された、
- 内村鑑三「代表的日本人」(1894年)
- 新渡戸稲造「武士道」(1900年)
- 岡倉天心「茶の本」(1906年)
と根底にある想いは同じようなものを感じる。
グローバル化とは、外からやみくもに受けいれることではなく、
グローバルの中でローカルを見つめ、特徴を見出すことなんだ。
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