語源から読む日・米・仏の職業観

そうか昨年、こんな記事を書いたのか。

なるほどあえて理由を語るなら、今もこんなとこかな。
でもその後、私の信念はもう少しぶっ飛んで、

  • そもそも人生に意義や目的はない
  • それでも求めてしまうのは現代人の贅沢病にすぎない

こんな私が自分の言葉で語ると、迷い人を突き放しちゃう(苦笑)
だから職業観について、働くことの語源から話を進めると、

言葉の持つ意味は、日本と欧米ではっきり明暗が分かれる。。
アダムとイブが禁断の果実を食べた「罰」として与えられたのが労働。
こうしたキリスト教の世界観から「拷問」とひもづけされてるのかな。
若者向けのアンケートにこんなのがある。

欧米では苦痛と引き替えの仕事だから「収入」重視がダントツ?
こうして見ていくと日本の職業観はちょっと違う雰囲気。
たぶん日本人はお金のためだけの仕事じゃ物足りないんだ。

江戸時代には、どんなに「カセギ(稼ぎ)」がいい人でも、
村の一大事に駆けつけて「ツトメ(共同体への貢献)」を果たさなきゃ、
一人前の大人として周囲から認められなかった。
時代は下り、1977年出版の山本七平「日本資本主義の精神」では、

仕事は純経済的な行為ではなく、一種の精神的充足を求める行為

日本人にとって仕事の報酬は働きがいそのもの、と指摘がされている。
もちろん哲学者気取りでお金をバカにするのは単なるひねくれ者だよ。

経済的な自立が強固になるにつれて、勤務のほうにもますます励みがつき、学問と教育の職業を道楽化して、いよいよ面白く、人一倍に働いたものである。
---本多静六「私の財産告白」P38

今の日本にはグローバルなイメージが氾濫する一方で、
ローカルなイメージが絶望的に不足していると思うんだ。
私たちは日本を語る勇気を失い、歴史・文化の面影を見失っている。
人生に悩んだら日本を振り返る瞬間があってもいいのでは?

というわけで、こんな本が読みやすくておすすめだよ。