41歳での隠居の決意を詠んだ、陶淵明「帰去来辞」。

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今月41歳になった。

なにげなく中島義道人生を半分降りるを読み返していると、
41歳頃に隠居生活に入った歴史上の人物が何人かいるようだ。

  • 陶淵明…官職を辞したのを最後に二度と仕官しなかった。
  • スピノザ…ハイデルベルク大学教授に招聘されるが断り「エチカ」の完成を目指した。
  • 永井荷風…麻布に「偏奇館」を建てて引きこもって執筆活動。

隠居を詠んだ漢詩と言えば、白楽天の「中隠」が大好きなのだが、

陶淵明が41歳の時にその決意を詠んだ「帰去来辞」もまた味わい深い。

帰去来兮(帰りなんいざ)

官職を辞めて「いざ故郷へ!」ではじまる長い詩から、
印象的な部分を切り取っておこう。

悟已往之不諌(已往の諌められざるを悟り)

知来者之可追(来者の追ふ可きを知る)

過去をやり直すことはできないが、将来に向かって生きることはできる。

実迷途其未遠(実に途みちに迷ふこと其れ未だ遠からず)

覺今是而昨非(今の是にして昨の非なるを覚りぬ)

まだ取り返しがつかないほど道を外れたわけではない。
昨日までの生き方が間違っていると気付けたのだから。

請息交以絶遊(請ふ交りをやめて以て遊びを絶たん)

世與我以相遺(世と我と以て相ひ遺る)

世間との交わりは絶とう。
世間と私とは、お互いに忘れ合おう。

木欣欣以向栄(木は欣欣(きんきん)として以て栄に向かい)

泉涓涓而始流(泉は涓涓(けんけん)として始めて流る。)

善万物之得時(万物の時を得たるを善しとし、)

感吾生之行休(吾が生のゆくゆく休するを感ず。)

木々はいきいきと枝葉が茂り花咲こうとしており、
泉は滴るように湧き出て流れ始める。

万物が春の良い時節を得て、幸福そうな様子を私も喜ぶが、
私の一生はだんだんと終わりに向かっているのを感じる。

聊乗化以帰尽(聊(ねが)はくは化に乗じて以て尽くるに帰し、)

楽夫天命復奚疑(夫の天命を楽しみてまたなにをか疑はん。)

願わくはこのまま自然の変化に身を任せて生きていきたい。
天命を楽しむのであれば、この生き方に何のためらいもないだろう。

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