禅問答に付きものの「答えは問処(もんしょ)にあり」。
問いの答えは外ではなく自分の中にある、というような意味。
「問処は即ち答処なり」や「問処はなお答処の如し」など、
様々なパターンで同じ言葉を頻繁に目にすることが多い。
また「十牛図」のようにこれをテーマにした物語もある。
日本株運用において防衛関連企業に投資するのは哲学に合わない。
でもそのせいで運用成績がTOPIXに劣後している。
このままでいいだろうのか?
そんな悩みを伺っていて「答えは問処にあり」を思い出したのだ。
確固たる投資哲学が自分の中にあるのだから、すでに答えは出ている。
もちろんそんな禅問答をせずに、
武器由来の投資リターンなんて嬉しくない、良い死に方しないよ、
と考えてるお客さんがお金預けてくれてるんだろうから、
そこを気にしても仕方がないのでは…という話をしたけど。
ただ善悪の境界は引けるようで引けないもの。
これから起きるできごとによって、評価が反転してしまったりする。
また、そもそも美や善と判断しようとするから、
悪や不善が生み出されるのだと老子は説いていた。
天下、皆、美の美為ることを知る。これ、悪なるのみ。
皆、善の善為ることを知る。これ、不善なるのみ。
お客さんとの対話の中で、柔軟に対応していけばいいのでは?
というのが正しい回答だったのかもしれない、と後から思うのだった。

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