デヴィット・グレーバーの遺作「万物の黎明」を読んでいる。
その内容からは脱線するが、以前も指摘した通り、
- なぜ人類の系譜を描いた本が増加しているのだろう?(17/12/14)
21世紀に入ってから超長期の人類史に関する本が本当に増えた。
「サピエンス全史」以来、売れ筋のテーマのようなところもある。
8年前にこのことに気が付いた際は、
「地球上における人類の存在の正当性を主張したい!」
という想いが現れているのではないか?と書いた。
ふともう一つ目を背けたくなるような可能性に気が付いた。
「人類史の終わりが近い」
という潜在意識が労力のかかる大作に挑む原動力なのではと。
ちょうど私自身も毎年の年末に「1年のまとめ」として、
この1年の出来事を振り返って記録するのと同じ感覚かも。
そういえば20世紀の段階で思想家や哲学者が、
人類史の終わりを予見させるような言葉を残していた。
「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるのだろう」(レヴィ・ストロース「悲しき熱帯」)
「人間は波打ち際の砂の表情のように消滅するであろう」(ミシェル・フーコー「言葉と物」)
たんなる杞憂に過ぎないのかもしれないね。


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