かつては人魂と認識された流れ星☆彡

この記事は約2分で読めます。

明け方、初めて流れ星を見た。

東京じゃ無理でしょと今まで見ようともしなかったが、
妻にねだられて近くの公園に出かけたところ、見えた!

寒すぎて外にいられるのは30分が限界だったが、
明らかに流れ星と分かる大きさで夜空を横切ったのは2,3回。
細い筋が見えるような見えないようなのも何度か。
(目の錯覚か、はたまた田舎に行けば見えるのか?)

思い込みであきらめるのはダメ!ということを妻に教わった。

今朝の流れ星は三大流星群のひとつ、しぶんぎ座流星群

  • しぶんぎ座流星群(1月4日頃)
  • ペルセウス座流星群(8月12,13日頃)
  • ふたご座流星群(12月14,15日頃)

そういえば、流れ星を詠んだ和歌を見かけたことがない。
気になる論文を見つけた。

この中でかつては「人魂=流星」だったことが指摘されている。

「現在と異なり、当時は光る物全般に対して魂を見る認識が存在していた。そのため、光る物をみた時、その中でも特に流星をを見た時に、遊離魂であると判断し、「人魂」と呼ぶことが多かったといえるだろう。ただし、流星がすべて「人魂」であると判断されたわけではない。この「人魂」は人の死の前兆として出現するものであったため、特に人の死が連想されやすい条件下で、光る物(多くは流星)を見た際に、より「人魂」であると判断されやすかったのだろう。」

なるほどこういうことだから、流れ星を和歌に詠むことがないのか。

ちなみに「流れ星に願いを」という習慣は西洋由来。
流れ星が消える前に、“Rest in Peace”と3回唱えると魂が救済される、
というキリスト教を背景にしたものらしい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました