安土城跡。天守を復元する日は来るのか?

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6年ぶりに安土城跡を訪問。

前回訪問時は、信長といえば楽市楽座で経済重視で、
安土城は戦う城というより魅せる城のイメージだから、
せっかく近くまで来たからと軽い気持ちで立ち寄ったら…。

9月下旬なのに真夏日で、しかも予想外に山城仕様。
さらに飲み物も持っていなかったので、攻城戦で討ち死に状態。
疲れすぎてほとんど記憶が飛んでしまったのだった。

今回は予習して前回訪問時の勘違いも改めて再訪問。

運よくこの10月に安土城のAR復元アプリがリリースされ、
現地の遺構と復元想像図を見比べながら楽しむことができた。

全国の有名な城趾では天守を復元して観光地化することが多い。
でも安土城は外観に関する史料が少なすぎるため、
多額の費用をかけて復元建築はせず、ARアプリを選んだとのこと。

実際に手がかりになるものは、天守跡に遺された柱を乗せる礎石のみ。
ここから建築学的な観点からこんな姿だったのでは?といったものが、
歴史番組、ドラマ、漫画で私たちが目にする安土城の外観なのだ。

ただこれが見つかれば真の姿が!という史料に目星は付いている。

信長が狩野永徳に安土城を描かせた屏風を、
宣教師ヴァリニャーノに贈り、天正遣欧少年使節によって、
ローマ教皇に献上されたものが、バチカンのどこかに眠っている。
大量の文化財に埋もれて見つからないのか、失われているのか。

もしもこの屏風が見つかったら、安土城の復元がはじまるのかも。

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