人は善悪の境界を引くと暴力的になる。

私たちが直面する様々な社会的課題を投資家が解決できるのでは?
そんな問題意識を持って、私の元に取材にやってくる方達がいるが、
ご期待にそえるような話ができたことがない。

もちろんマイクロ投資のような小さな事業への出資であれば可能だが、
環境問題や格差社会など国家レベルの話を持ち出されるとウーン…。

個人的な興味や関心に基づいて、良いと思う投資行動をする分にはいいけど、
社会全体に勧善懲悪を持ち込んで、GPIFに働きかけるみたいなのはちょっと。

たとえばグリーンエネルギーの担い手だった原子力発電が、
押し寄せる津波とともに一夜にして「善」から「悪」へ転換したように、
私たちの善悪の判断なんて、あてにならないものなのだ。

そもそも人間が天下国家に理想を求めて、うまくいったことがあったのか?
理想社会を目指した時には暴力的になり、地獄をもたらしてきたように思う。
善悪の境界を引いてしまうことこそが、実は最も恐ろしいことなのではないか?

そんなことは昔から分かっていることかもしれない。
美や善と判断しようとするから、悪や不善を生み出すと老子は説いた。

天下、皆、美の美為ることを知る。これ、悪なるのみ。
皆、善の善為ることを知る。これ、不善なるのみ。

社会的課題に対して、何かしらの解決策があったとしても、
安易に善悪二元論に走って、悪と見立てたものをつぶすのは間違えで、
落とし所を見極めて妥協するくらいの世の中の方が平和だと思う。

ここ数年、日本文化と戯れ、禅の世界観や無常の美意識に心を奪われたことで、
社会を前へ前へと進めようとする未来指向型の思考ではなく、
世間と距離をおき、深く醒めた目で社会を見つめることの大切さを感じている。