経営戦略-1960年代のホンダから学ぶこと

経営戦略の授業。ホンダがアメリカのバイク市場を席巻した1960年代の話。
ハーバード・ビジネス・スクール発行の"Honda (A)"、"Honda (B)"を使用。

(A)の方はボストンコンサルティングによる分析で、ホンダの経営戦略は、
市場シェアの確保を徹底的に追求し、それにより1台当たりのコスト削減を狙い、
また、バイクのイメージを一新するための広告で、市場の拡大を狙うものだった。

一方、(B)の方は、実際に社員にインタビューをしてまとめたもので、
ホンダには戦略らしい戦略はなく、失敗を重ねるうちになんとなく経験を積んで、
いくつかの幸運が組み合わさったおかげでアメリカで成功した、という分析結果。

コンサルタントは、モデルに当てはめて、勝手にストーリーを作ってしまいがち。
しかも、ニクソンショック(1971年)以前は、1ドル=360円に固定されていたことが、
ホンダの戦略を後押ししたはずなのに、なぜかその部分が抜け落ちている…。

ついでにケース分析の授業もなんだかモヤモヤ。
「戦略の探索プロセス(試行錯誤)はランダムウォークでは決してない。探索の指標として戦略ロジックの重要性がある。」というのがまとめ。。。

この話を今に置き換えると、どんな教訓が得られるか、って視点が欲しかった。


ホンダは参入初期にシェアで圧倒すべく、薄利多売でアメリカに攻め込む訳だけど、
今同じことを日本企業ができるか?と言われれば、まず不可能だと思う。
安い人件費、過小評価の為替レートの追い風を受けてはじめて実現したものだから。

ホンダのバイク(スーパーカブ)は、「イノベーションのジレンマ」で言うところの
"破壊的技術(短期的には製品の性能を引き下げる効果を持つイノベーション)"
であり、それにバイクのイメージupの広告をかけあわせて成功したんだと思う。

当時のアメリカでバイクと言えば、大型バイクにちょい悪オヤジのイメージ。
従来の顧客に耳を傾け、収益率と成長率を高める新製品に集中しているうちに、
低価格の分野がガラ空きになり、ホンダがアメリカへ入り込む余地ができちゃった。
同じようなことを自動車市場でも繰り返し、アメリカでは教訓は生かされず。
起業精神旺盛なアメリカでも、このすき間を埋める会社が現れなかったのはなぜ?

こうした傾向は最近、日本でも見られ、例えばNetbook(ミニノートパソコン)。
日本のメーカーは、パソコンにテレビ機能を付けたり、どんどん高機能化。
一方で、ほとんどのユーザーの用途は、ネットとメールって分かっていたのに…。
ただ台湾メーカーにやられた後、日本メーカーも柔軟に対応をして、
たとえば今日発売のシャープのNetWalkerは、意外とヒットしそうな気もする。

高性能・高利益率をめざして競争しすぎると、顧客のニーズを超えてしまい、
破壊的技術を採用して新規参入してきた企業に、市場をひっくり返される。

こんなところが、ホンダの昔話から学べるところかな。