アインシュタイン、「今」の扱いに悩む

アインシュタイン特殊相対理論の功績を簡潔に言うと、
物理学でバラバラだった3次元の「空間」と1次元の「時間」を
4次元の「時空」という概念にまとめたことにあるのだとか。
なんだか「体」と「心」をあわせて「人間」みたいな話だね。

現代物理学は「時」の考えが持ち込まれた頃に幕を開ける。
物体の運動を「なぜ動くか?」という哲学的な問題から、
「どのように動くか?」と考える上で「時」の感覚が必要だった。
※転換点にいた人物はガリレオ・ガリレイか?→関連記事

数学界が「瞬間」や「極限」に立ち向かったときに現れた微分積分。
物理法則の多くは微分方程式を基礎としているが、
改めて数式を見返すと(上の図)、隠れた主語は「時間」なんだ。

しかし「時間」とは、とらえどころのない存在だ。
人は記憶に頼らなければ時間を「現在」と「過去」に仕分けできない。
ちなみにアインシュタインが残した言葉にこんなのがある

過去、現在、そして未来の間の区別は、単なる幻想にすぎない。たとえ、その幻想が非常に強いものであるとしても。

アインシュタインの時空モデルに、過去・現在・未来の考えはない。
物理法則において時を扱う場合、わずかな例外を除いて、
過去や未来といった「時間の矢(方向)」を考慮しないのが一般的。
でもその一方で、アインシュタインは晩年、こうも語っている。

時間の流れの中で、「今」に特別な意味があるらしいということは、認めざるをえません。ただ、その特別なものが何であるにせよ、それは、おそらく科学の領域外のことなのでしょう。

こうした「今この時」への迷いの源は相対性理論にあるのでは?
時間の流れは誰から見ても変わらない「絶対的」なものではなく、 
見る人の立場によって「相対的」に変わる
…、それが相対性理論。
この世界は見る・見られるという関係の中で語られる、ってこと。

人の主観に近づけば、「今」の大切さが目の前に広がり始める。
人は「今」に運命を感じたとき、心の中で過去が整理・再評価され、
現在に向かって必然的に進んできたかのような幸福感につつまれる。
→関連記事:過去のすべてが肯定される瞬間(11/07/12)

当たり前すぎて普段は気にもかけない「時」の捉え方。
でもきちんと読み解こうとすると訳が分からない分野の1つ。
時の不思議には手つかずのロマンが広がっていると言えるかも。