未知と出会うために迷子になれ

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レベッカ・ソルニットのエッセイ「迷うことについて」を読んで、
初めての場所で道に迷うことがなくなったなぁ、としみじみ思う。

昔は電車を降りたら、まずは駅周辺の案内板を探し、
そして印刷してきた地図と見比べてから、街に降り立ったものだ。
時計の針と太陽の位置から方角を確かめたりしたりして。
それでも歩き始めるとまったく違う方向に行ってしまったりして、
もう一度、駅まで戻ってやり直したり。。。

そんなことは、しょっちゅうだったけど(方向音痴である)、
迷子になって歩いた場所の記憶は、意外といつまでも残っている。
そう思うと迷わず目的地にたどり着けるのっていいのかなぁと。

「まったく迷わないのは生きているとはいえないし、迷い方を知らないでいるといつか身を滅ぼす。ゆたかな発見にみちた人生はその隙間に横たわる未詳の土地のどこかにあるはずだ。」

「結局のところ私たちの本当の問題は、未知のものを知ることができるか、そこに到達できるのかではなく、どのように探しにゆくのか、どう旅をすればいいのかということなのだから。」

本書の上記な一節には考えさせられるものがある。

そういえば街歩きだけではなく、人生全般で迷うこともなくなった。
2015年に37歳で結婚し、料理や洗濯などの家事に戸惑ったが、
それらを習慣化した後は、すっかり「四十にして惑わず」(論語)。

古典に描かれた年代別の人生論を好んで収集した時期があったが、
論語よりも、欲に振り回される三、四十代(白楽天)だったり、
野心に動かされる四十代(ゲーテ)の方が、迷いがあっていいのかも。

あ、でも、株式投資でしょっちゅう迷っているか。
相場が荒れると「もうはまだなり、まだはもうなり」と、頭の中で唱えながら、
時には口に出して妻に笑われながら、考え込んでいる。(今年はとくに)
私にとっては、株式投資がいろんな意味で大事ってことだね。

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