なぜ古今和歌集は四季の歌からはじまるのか?

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「古今和歌集」の編集方法には不思議な部分が多々あり、
以前、恋歌の巻についてはまとめたことがある。

なにより不思議なことといえば和歌の配列順。
凡人がすぐに思いつくのは、時代順や地位の高い順だが、
古今集の冒頭は、春から冬への四季のめぐり順となっている。

古来より日本にとって、四季がそれだけ大切な証である、
という話はよく見聞きするが、

で、もう少し掘り下げた見解に出会うことができた。

「日本は農業国、稲のたわわに実る瑞穂の国です。豊作であるためには一年のめぐりが順調でなければなりません。天皇みずから年頭には五穀豊穣を願って穏やかな季節のめぐりを祈願しました。四季のめぐりの順不順は為政者の治世如何、神事催事のとりしきり如何にあると考えられていました。四季のめぐりの順調なことがすなわちこの国の健全のしるしであり、それは天皇の治世の順調のあかしでした。」P127

だから都における四季のめぐりの理想を想定し、
その理想にそって古今集の和歌が配列されたのだという。

そういえば和歌集から気候変動を読み取ろうと試みたことがあったが、
高温や豪雨を直接詠った和歌が、勅撰集には見当たらなかった。

そしてもちろん、台風や地震、火山の噴火といった自然災害も。

訳分からないほど早く梅雨明けして、真夏になったと思ったら、
ふたたび梅雨空に逆戻り、なんて今みたいなことがあると、
天皇の治世に問題あり!とされる時代ならではの編集方針ってことかな。

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