古今集「誰が袖ふれし宿の梅」とお香の文化

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妻がお香をもらって、
「たがそで?」「こきんしゅんじょう?」
と何やら調べているので、もしや?と思ったら、

色よりも 香こそあはれと 思ほゆれ 
誰が袖ふれし 宿の梅ぞも

古今和歌集・春歌上巻の和歌の話だった。

梅は色よりも香りの方が「あはれ」であること。
宿の梅の香りがあまり素晴らしいので、
誰かの袖の薫き物の香りが花に移ったのだろうか?

という香の文化の発達が読み取れる一首。

平安時代のお香の楽しみ方は室内の薫き物だったが、
室町時代後期には、匂い袋を着物の袂に忍ばせる形に変わっていく。
そしてこの和歌が基になり、「誰が袖」は匂い袋の呼称となったようだ。

まもなく梅の季節という時期にこんな贈り物を選ぶなんて、
贈り主の教養の深さに恐れ入ったのだった。

古今和歌集・春歌の32~35には今回の一首も含む、
梅の香を詠んだ「よみ人知らず」の和歌が並んでいる。

そういえば古今集での「よみ人知らず」の解釈は2通りあって、

  • 長い年月、多くの人々に歌い継がれるうちに、作者が誰だか分からなくなってしまったから「よみ人しらず」。(今風に直すと、何世代にも渡って人気の歌だから、たくさん歌手がカバーした曲を聴いているうちに、最初に歌った人は誰だっけ…?という感覚)

  • 編さんの過程で適宜、足りない和歌を撰者(とくに紀貫之)が自分で詠んだ。でもあまりに撰者の歌が多いと見栄えがちょっと…ということで「よみ人しらず」で隠した。

前者の方が一般的ならしいけど、真実は果たして?

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