日本文化の根幹を担う、価値観が複合する言語感。

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なかなか終わりの見えない復習メモ。

  1. 京都と江戸、天皇と将軍のデュアル・スタンダード
  2. 日本を動かしてきた「顕」と「隠」
  3. 日本で庭造りが重視され続けてきた訳。神庭、斎庭、市庭。

に続く4作目。

「メビウスの輪」のように表が裏であり、裏が表でもある。
表・裏を分けているようで、本質的には表裏一体というように、
はっきり境界を引かないところが日本的だと私は認識しており、

  • 神仏…土着の「神」と渡来の「仏」に優劣をつけず、神宮寺や神前読経で神仏習合。
  • 歴史…「冥」と「顕」のせめぎ合いの中で歴史が生まれる(慈円「愚管抄」
  • 茶道…村田珠光「和漢のさかいをまぎらかすこと肝要」。表千家・裏千家。
  • 主客…主客未分を追求する禅・茶道・西田幾多郎。

というような特徴がすぐに思いつく。

松岡正剛さんは「境界に対するデュアルなセンス」と呼び、
こうした価値観を担ってきた根幹には言語があると指摘していた。

  • けっこう…素晴らしい or お断り
  • かげん…いい加減の良し悪し

という例をあげた上で、

「私たちは価値観をデュアルにするために、コンテクスチュアルな社会文化というものを瞬間的に想定をして、その要素とかその場面とか場合とか組み立てとか、価値観の複合性というものを見抜く、なんとなくだけどそういうようなことをやってきたのではないか。」

その代表例として、貴族社会で最も重要な価値観だった「あはれ」が、
武家社会になって滅びず「あっぱれ」としてよみがえったことをあげていた。

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