私は小説が読めない。
途中で飽きて投げ出してしまうことも数知れず。
それは短編・長編に関わらず頻発していて原因は不明。
必ず最後まで読むことができるのは、
- 推理小説のように謎解き要素があるもの
- •興味のある歴史上の人物を描いた歴史小説
- アニメ化されたライトノベル(アニメを見た後に読む)
こんな調子で守備範囲は極めて狭い。
これ以外の本が読めたとしても、なんの感想も残らないことがほとんど。
今も名作とされる、ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」を手に取ったが、
上巻を読み終えたところで挫折しそうだ。
歴史小説と推理小説の掛け合わせと聞いたので大丈夫と思ったのだが…
ふと2年前のベストセラーを思い出す。
三宅香帆「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」。
このタイトルの問いに対する著者の答えをまとめると、
今は仕事で自己実現が重視される時代だから、
仕事に関係がありそうな知識に最短で辿り着きたい。
だから余計な情報が多い読書に時間を充てることができない。
私たちが自己啓発の手段として求めるものが、
読書が有効だった「教養」から「情報」に変わったのだ。
そんな分析だったが、私は「誰かに仕える」という形の仕事はしていない。
そして本業?の投資には直接関係しない本を大量に読んで楽しんでいる。
それでも小説は読めない。
少なくとも私には、上記の分析はまるであてはまらない。
なんてことにふと気が付いて、なぜ小説だけがダメなのか考えた。
たぶん読み進めるまで、どんな物語か分からないことが多いから、
自分の中の好奇心と共鳴しなくて、途中で投げ出してしまうのだと思う。
小説以外のジャンルなら、途中でダレても読み飛ばしていくうちに、
もう一度、入っていけるポイントがあるから平気なのだけど…。
また私は株式投資を始める大学4年生になるまで、
「学校の課題図書+推理小説+サッカー雑誌」
以外の本をほとんど読んだことがなかった。
自分が関心のある分野がはっきりしていなかったから、
本を読もうとも思わなかったのだ。
ということは、関心事がはっきり認識できていない状態では、
どんな本を手にとっても、心に響かず、読むのが辛いだけ。
本が読めない原因があるとしたら、今は情報が氾濫しすぎて、
どこに関心を持っていいのか、分からなくなっているからでは?

コメント