紅葉狩り。赤を愛でる転換点の和歌。

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平安・鎌倉時代には「桜狩り」と表現されていたものが、
「桜」から「紅葉」に入れ替わったのが「紅葉狩り」の由来?
というような話をまとめたことがある

桜の花見は江戸時代には近所で楽しめるものになったが、
紅葉は山へ狩りに行かなければ、綺麗なものには出会えない。
そんな事情は今も変わらず、箱根で紅葉鑑賞をしてきた。

紅葉で真っ先に思い浮かぶ和歌といえば、
百人一首にも採られた古今和歌集の2首。

在原業平の歌(古今集294・百人一首17)

ちはやぶる 神代もきかず 竜田川
からくれなゐに 水くくるとは

菅原道真の歌(古今集420・百人一首24)

このたびは ぬさもとりあへず 手向山
紅葉の錦 神のまにまに

今の私たちは紅葉といえば「赤」を思い浮かべるが、
古今和歌集の一時代前の万葉集では「黄」だった。

もともとは木の葉が色を変えることを「モミツ(毛美都)」と呼び、
万葉集の時代に「黄葉」を「モミチ」や「モミチバ」と読むように。
しかし万葉時代の「黄葉」の和歌は、「赤」と違って暗い

たとえば柿本人麻呂は妻を亡くした時の挽歌に黄葉を詠み、

秋山の 黄葉を茂み 惑ひぬる
妹を求めむ 山道知らずも

黄葉の 散りゆくなへに 玉梓の
使を見れば 逢ひし日思ほゆ

「黄泉国」に「黄」の文字が当てられていることもあり、
黄の紅葉には暗いイメージがついて回ったのかもしれない。

紅葉のイメージが「黄」から「赤」に変わり、
悲しみではなく美しさを見出し、現代まで続いていく。

そんな転換点に詠まれた業平や道真の和歌が、
千年以上も経った今も真っ先に思い浮かぶ。
これはとんでもないことだなぁとしみじみ思うのだった。

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