文字・印刷術により低下した記憶力。そしてGoogle…

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自ら生み出した技術によって、人間が本来持っていた能力が失われていく。

とくに記憶力はこれまでの人類史において、何度か危機にさらされており、
思いつくまま並べていくと主に以下の3つだろうか。

  • 文字
  • 活版印刷
  • Google

Googleの登場による記憶力の価値低下は、身近な話なので分かりやすい。
何でもGoogleに聞いてしまえば、手っ取り早く答えが出るから、
物事を覚えようとせず、思考力にも悪影響を及ぼしてしまうかも。

記憶力がなぜ大切なのかと言えば、過去・現在・未来と流れる時間の中で、
私たちが1人の人間として連続していたことを保証するよりどころが「記憶」

だから記憶とは単に「覚えている」ことなのではなく「自らを見いだす」こと
さらに言えば「心は記憶に宿っている」と考えることもできるだろう。

印刷術が旋律の記憶を衰えさせる

Google以前に記憶力の価値が大きく揺らいだと思われるのが15世紀。
ルネサンス三大発明と称される、グーテンベルクの活版印刷術。

マクルーハン「グーテンベルクの銀河系」によれば、
写本によって本が読み継がれていたときは音読による読書だったが、
機械的に印刷されるようになって、人々は本を黙読しはじめた。

聴覚中心から視覚中心の世界への転換が起こり、
音や旋律を記憶する能力が衰えていった
のではないだろうか。

日本の古典の中にも、音読から黙読への転換点を探ると、

文学の中心が和歌から随筆に移った頃のように思える。
活版印刷と時期はズレるが、知性と感性の分断が起きた重要な局面だ。

文字が真の知恵から遠ざける

さらに時代をさかのぼり「文字」の発明こそが記憶力衰えの原点とも言える。

これを論じたプラトンの「パイドロス」には、現代に通ずる驚くべき記述がある。

「たぐいなき技術の主テウト(文字を生み出した神)よ。技術上の事柄を生み出す力をもった人と、生み出された技術がそれを使う人々にどのような害を与え、どのような益をもたらすかを判別する力をもった人とは、別の者なのだ。」

文字こそが記憶と知恵の秘訣」と説く神テウトに、
もう一人の神、タモスが反論をはじめる。

「人々がこの文字というものを学ぶと、記憶力の訓練がなおざりにされるため、その人たちの魂の中には、忘れっぽい性質が植えつけられるだろうから。それはほかでもない、彼らは、書いたものを信頼して、ものを思い出すのに、自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出すようになり、自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである。じじつ、あなたが発明したのは、記憶の秘訣ではなくて、想起の秘訣なのだ。」

文字にすることで、安心して忘れることができてしまう。
人々から記憶する力、記憶したものを思い出す力を奪うもの。

「あなたがこれを学ぶ人たちに与える知恵というのは、知恵の外見であって、真実の知恵ではない。すなわち、彼らはあなたのおかげで、親しく教えを受けなくても物知りになるため、多くの場合ほんとうは何も知らないでいながら、見かけだけはひじょうな博識家であると思われるようになるだろうし、また知者となる代りに知者であるといううぬぼれだけが発達するため、つき合いにくい人間となるだろう。」

だから「文字から生まれる知恵は真実の知恵ではない。
見かけだけの博識家を生むだけではないか
」とタモスは諭す。

この一連のタモスの語りの「文字」を「Google」に置き換えると…。
まさに歴史は繰り返す、とはこのことと言えるだろう。

あらためて記憶力を育てることの大切さを確かめてみたいものだね。

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