一般的に「あきらめる」って言葉には、マイナスのイメージがある。
たしかに積み上げてきたものを諦めるのには躊躇しがち。
人生は有限なんだから、自分の限界を見極める力が大事だよね。
時間が無限にあるように思えた20代まではあきらめが悪かった。
でも歳とともに、そして特に金融市場との関わりを通して、
努力と成果は正比例、って考えは勝手な思い込みと学んだ。
それは私たちの脳が規則性を望んでいるがゆえの幻想なのだ。
この世は不確実性に満ちているのだから。
「日ごとに信じがたくなる事柄を日ごとに信じようとする努力ほど、疲れるものはないし、とどのつまりは、腹立たしいものはない。こうした努力を捨て去ることこそ、確かな、永続的な幸福の不可欠の条件である。」 ラッセル「幸福論」P265
こだわりを捨てていけば、本当に大切なものだけが残る。
「あきらめる」とは「明らかに、見極める」ことなんだ。
今週「自分はあきらめが悪い…」と悩む知人に、
株式投資の「損切り」を例に、あきらめることの大切さを力説した。
すると「なるほど」と納得した様子で、めでたし、めでたし。
その後、彼の悩みが「恋」であることを知り、今度は私が「なるほど」。
投資の思考法はそんな応用の仕方ができるのか。。。
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