ダブル・コンティンジェントな株式市場

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和英辞典で「偶然」を引くと”chance”が一番最初に出てくる。
なんかイメージと違うぞ。。。

以前紹介したイアン・ハッキング「偶然を飼いならす」の原題が、
"The Taming of Chance"だったことを考えると、
確率・統計で「偶然」を飼いならして「チャンス」と変えたつもり…
そんなリスク管理社会の幻想が背景にあるのかもしれない。

英英辞典で私のイメージに近い「偶然」の英単語を探すと、
コンティンジェンシーcontingency)」

"an event or situation that might happen in the future, especially one that could cause problems."

この世を取り巻く「コンティンジェンシー」。
社会学者ニクラス・ルーマンは、ここから社会を読み解こうとした。
キーワードは「ダブル・コンティンジェンシー」。

自己と他者の間にある相手に対する理解へ不確定性。
この2つの不確定性(ダブル・コンティンジェンシー)があるからこそ、
相互に相手への思いやりが生まれ、社会システムが形成される。

社会の成り立ちそのものに「コンティンジェンシー」が潜むなら、
自己と他者の間に共通の価値観のようなものがなければ、
この世に起きる事柄を原因と結果で結ぶことはできないはず。

私にとって身近な実例は株式市場かな。
買い手と売り手、相容れない未来を思い描く者が出会う場。
まさにダブル・コンティンジェントな状況がここにある。
だからこそ過去の値動きを後付けの理由でしか説明できないし、
もちろん株価の未来予測などというものは、おそらく不可能なのだ。

ただ株価に限らず、社会や人生の未来について、
分かろうとする努力をやめちゃいけないのだとなんとなく思う。
おそらくすべての努力の半分は無駄だけど、
どちらの半分が無駄だったのかは分からない
ものだから。

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