企業分析の深さと完成度、そして追認のバイアス…

投資の意志決定をする際、一体どこまで分析すべきか、これが難しいところ。
インターネットのおかげで、際限なく情報を集めることは可能ではあるが…

「情報をいくら分類、整理しても、どこが問題かをしっかりとらえないと正しく分析できない。さらにいうなら、山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」の方が重要なのである。」
---羽生善治「決断力」P129

情報の取捨選択がうまくできて、自分なりに納得のいく企業分析ができたとする。
しかし、たいていの分析は、過去を参考にした未来への展望なんだけど、
現実の社会・経済は非連続で、突然ピョコンってジャンプしたりする。
またこの世がデコボコしている上に、人の心理に振りまわされる株式市場は、
非効率な値動きのオンパレードで、たとえ分析が完璧でも報われないかも。

さらにいえば、自分の中で力を込めて完璧!という分析は足かせになりかねない。
投資実行後に入ってくる情報に対し、自説の正しさを示す情報は簡単に信じ込み、
自説に反する情報は注意深く分析し、偶然やデータ収集の誤りと思い込む。
行動ファイナンスの本なんかに出てくる「追認のバイアス」ってやつ。

そんなわけで、あまりに詳細な、そして完成度の高い企業分析は無意味。
重要なのは、常に「自分は間違っているかもしれない」という考えを保つこと。
真のリスク管理とは、数式がどうこうではなく、考え方の柔軟性なんだ。

こんなのが、今回の金融危機から学んだうちの1つかもしれない。